4:問題発生中

 

春日は隣に乗り込んできた肩で息をするイケメンを横目でチラリと見た。

そして、春日自身も走り込んできたばかりで同じように息を切らしたいのだが、どうにも男二人で既に手狭感を覚えるこのエレベーターの中で、果たして自分のような老け顔の平凡男がハァハァ息を切らせてしまって、相手に不快な思いをさせないだろうかと、妙な気を使って呼吸の乱れを静かに我慢していた。

 

お陰でなんとも息苦しい気分のまま、春日はイケメン男と妙に距離の近いこのエレベーターが一刻も早く目的地である7階に到着するのを願った。

動き出す空間で、春日はただ階数を知らせる数字だけに目を向けていた。

 

2階

 

「っはぁ。本当に、ありがとうございました」

 

隣に居るイケメンが春日に再度礼を述べてくる。

その礼儀正しさに、思わず春日はまたしても隣のイケメンに目を向け、笑顔を浮かべた。

こんなに格好良ければ会社ではさぞモテる事だろう、なんて春日は隣のイケメンにそんな下世話な事を考えていた。

 

3階

 

「丁度俺も乗ったばかりだったので」

 

4階

 

「いえ、本当に急いでいたので。本当に助かりました」

 

そう言ってこの狭い空間で互いに顔を見合った時だった。

次は5階という数字が電光掲示板に映し出されるという瞬間。

 

ガコン。

 

その狭い箱は一度だけ激しい音を立てて揺れた。

狭い空間の中、揺れの衝動で中に居た春日と太宰府は互いに勢いよくぶつかった。

かと思うと、そのまま薄暗くも微かに灯されていたエレベーター内の明かりがプツリと音を立てて消えた。

そして、そのままエレベーターはうんともすんとも言わなくなり、一切の動きが停止してしまったようだった。

 

「っちょっ!止まりましたよね!?これ!?」

 

春日の隣で息を切らしていた太宰府がこの異様な状況に気付いて、すぐさま声を上げた。

その隣で春日も同じように止まってしまったエレベーターに混乱したが、太宰府と違ってそれを言葉に出すことはなかった。

ただ「うそぉ」と、職場で痺れを切らして待っている課長の宮野を思い出して呆然とするしかなかった。

 

「まったく、こっちは急いでるのに。……あの、そっちのボタンの所に緊急用の通信ボタンとかないですか?」

「えっと、ちょっと待って下さい」

 

春日は太宰府に言われ「確かにエレベーターにはそんなボタンあったな」と思いたながらボタンを探した。

 

しかし。

 

「えっと……ないです」

「っそ、そんな筈はないでしょう……!」

 

春日の言葉に太宰府は慌てて春日を押しのけボタンの前に立つ。

太宰府に追いやられた春日はその後ろでポケットから携帯を取り出し、とにかくこの会社の誰かに連絡を取ろうとした。

そして、唖然とした。

 

「このエレベーター、古すぎる」

「あの、すみません」

「……は、はい?」

 

連絡ボタンも何も無いエレベーターに肩を落とす太宰府の後ろで春日は携帯を見ながら固まったっていた。

そして、少しでも望みがあるならばと、ひたすらイケメンな太宰府の目を見て縋るように言った。

 

「なんか、俺の携帯……圏外なんですけど。あなたの携帯は、繋がってたりしませんよね?」

「っ!?」

 

春日の問いかけに太宰府も慌てて鞄から自分の携帯を取り出した。

そして。

 

「……圏外です」

 

半分絶望したような声でそう呟くと、小さく溜息をついた。

どうやら、このエレベーターは故障が何かで止まった挙句、電波も届かない外とは孤立無援の島になってしまったようだ。

春日、太宰府共に互いにリミットのある仕事を抱え、職場では二人の帰りを待っている。

そんな状況の中、まず動き出したのは太宰府だった。

 

「連絡用のボタンが無いなら他に何かないかな」

「ないですねぇ」

「どうにかして会社に連絡をつけないと」

「圏外じゃどうしようも」

 

春日の隣でブツブツと何か思案しては行動を試みる太宰府の横で、春日は早々に現場での現状打開を諦めていた。

見たところ古すぎるこのエレベーターに連絡用のボタンはないし、出口になるようなものもない、再度開いた携帯もやはり圏外。

 

こうなればこちらからのアクションは不可能だ。

だからと言って別に慌てる程の事でもない。

春日は閉じ込められたエレベーターの中で、彼特有ののんびりした性格を遺憾なく発揮し始めた。

 

「(本当にこういう事ってあるんだなぁ)」

 

外と連絡が取れないならそれはそれで仕方が無い。

それならば、きっと時間が経てばこのビルの社員の誰かが異常に気付くだろうし、そうでなくても急ぎの案件を抱えた春日の帰社が遅くなれば上司である宮野が必ず、春日に連絡をしてくる。そして電話が繋がらない事が分かれば、今度は必ずこの会社にも連絡が行く筈だ。

 

「(まぁ、なんとかなるだろう)」

 

そうすれば、このエレベーターの異常はすぐに発見されるだろうし、仕事の方は宮野が何らかの対策をとってくれるに違いない。

春日は「ふう」と静かに息を吐くとエレベーターのその場にゆっくりと座り込んだ。

実は先程まで走りっぱなしで足が疲れていたのだ。

そんな春日の隣では、やはり太宰府がイラついたように携帯とエレベーターのボタンに目を向けている。

春日が「イケメンは焦っていても絵になるなぁ」などと考えていると、太宰府の手に握られていた携帯が取りこぼされたように、春日の目の前に音を立てて落ちて来た。

どうやら、目の前のイケメンは相当焦っているらしい。

 

春日は目の前に落ちて来た携帯を拾うと、のんびりとその最新機種の携帯を太宰府へと手渡した。