6:上司のこころ

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「へぇ、じゃあ太宰府さんは部下のミスでここにいらっしゃってたんですね」

「そうなんですよ。ほんと、今年入った新人には、もうお手上げです」

 

いつの間にか自己紹介も終え、互いに「春日さん」「太宰府さん」なんて呼び合い始めたのは、二人が閉じ込められどのくらいたってからだっただろうか。

二人は互いに喋る事に夢中で時計を見る事も忘れている。

エレベーター内の狭さも、薄暗さも、肌寒さも、二人は慣れ切っていた。

 

そんな二人の話題は、あちらこちらへ飛び散り、そして現在仕事の話へと落ち着いていた。

 

「でも、それだったらどうして太宰府さんがここに居るんですか?普通だったらミスした本人に指示をして出向かせるか、同伴させるなりしませんか?新人ならなおさら」

 

春日はどこか疲れきった様子で会社の部下の話をし始めた太宰府に、疑問を呈した。

なにせ春日自身、己のミスで今こうして此処に居るのだ。

話を聞いている限りでは、どうもこの太宰府という男は春日と同い年ではなく、少し年上のようだという事がわかった。

 

「(俺と大して年は変わらない位だろうに、役職持ちっぽいなんて。太宰府さんは仕事ができる人なんだろうなぁ)」

 

なんて、感心しながら太宰府の話す仕事の話に春日は純粋にそんな事を思っていた。

いや、実際には太宰府は春日よりも一回り以上も年上なのだが、春日はやはりこの目の前の若いイケメンの男を自分より一つ二つ上程度に考えていた。

 

「いや、本来ならばそうしたいんですけど。それだと倍時間がかかってしまいそうで」

「まぁ、確かに太宰府さんがした方が何でも早いでしょうねぇ」

「それに、本当に今年の新人に俺も手を焼いてまして。今年からでしたよね。確か平成生まれが社会人になったっていうのは」

 

いつの間にか“私”から“俺”へと変わっていた太宰府の一人称も、畏るように座っていた春日が足を崩して気楽な態勢を取っている事も、二人は互いに気付いていない。

太宰府は「はぁ」と、無駄に深い溜息をついてみせると、春日同様スーツが汚れる事も気にせず足を崩した。

 

「そうですね、今年入社からが平成生まれの俗に言う“ゆとり世代”ですね」

「そうそう。あんまり、若い奴がどうとか、世代がどうとか親父くさいから言いたくないんですけどね、やっぱ言わずにはいれないっていうか……。あいつら、何考えてるんだか、サッパリですよ」

「あ、あぁ。やっぱり、そうですよねぇ……」

 

そう、春日がどこか控えめに返事をすると、その瞬間太宰府の目ざ凶悪な程に光が宿った。

 

「春日さんもやっぱりそう思いますよね!?」

「あ、ええ……はい」

「あいつら本当に訳がわからない!何回報告しろっつっても報告しに来ないし、やれっつってもやらないし、挙句ミスしても何も言ってこねぇし、飲み会でもずっと携帯ばっかみてるし!怒ったら怒ったでやる気無くすし!仕事なめてんじゃねぇって、ぶん殴ってやりたい!」

「…………す、すみません」

「っ、うあ。こちらこそ、すみません!いきなり熱くなって」

「いえ、もう。なんか、すみません」

「いやいやいや、春日さんが謝らないで下さいよ!」

 

そう言って、そのどこまでも整った顔の太宰府の笑顔を前に、春日は居た堪れなさで死にそうな気持ちになっていた。

先程の話しぶりから、きっと太宰府が春日自身をいつもの如く実年齢より上に見ている事はわかった。

 

しかし、それが今はとても心苦しかった。

なぜなら、春日自身平成生まれのゆとり世代。太宰府を苦しめている世代の申し子のようなものだ。

 

「(ごめんなさい、太宰府さん。常識の無い宇宙人世代で、ごめんなさい。俺もゆとりです!!)」

 

春日は隣に座る太宰府と目を合わせられずに居ると、先程まで烈火の勢いで声を上げていた太宰府が、小さく息をついた。

膝の上に置かれた拳はきつく握りしめられており、その目には焦燥が伺えた。

 

「ミスされるより何より、なんでしょうね」

「…………」

「俺の言葉が一切あいつらに伝わってないって事が一番辛いですよ。ほんとに」

「っ」

 

春日は隣で力なく項垂れる太宰府の姿に息を飲んだ。

そして、次の瞬間にら何度も何度も怒らせてきた上司の、宮野の姿が思い浮かんだ。

 

『何回も同じ事を言わせんな!』

『お前少しは考えて仕事をしろよ!?なんでそうなるんだ!』

『ちゃんと確認しろって、いっつも言ってるだろうが!』

 

そう。

何回も何回も同じ事で怒らせてしまう。

いつも、いつだって迷惑をかけてしまう。

 

そんな宮野の心の声を、春日は今日初めて会った筈の太宰府の言葉を通して聞いた気がした。

 

「太宰府さん。本当に腹立ちますよね。何回言っても上手くできないし、見ていてもどかしいですよね」

「……そうですね」

「でも、太宰府さん」

「春日さん?」

 

春日は目の前の、目の下に少しだけクマのある太宰府の顔をジッと見つめた。

太宰府は伝えようと必死になってくれているのに、自分達新人が至らないせいで伝える気持ちを諦めかけてしまっている。

 

ゆとり、ゆとりと括られて話される事は気持ちの良いものではない。

好きでゆとり教育を受けたわけでもないし、一体何故、そんなに躍起になって過去の教育の失敗作のような言われ方をされなければならないのか、とも思う。

 

けれど、そんな事は関係なく最近春日は思う事がある。

やはり新人という自分達にはどこまでも

 

「(世代を跳ね返すだけの、力が足りないんだ)」