"付き合う"という意味が全く分からなかった俺に対し、あいつはそれを一つ一つ教えるように俺と"付き合って"いった。
そう、確かに俺はあいつの恋人になったのだ。
それを裏付けるかのように、アイツは気持ちの赴くままに俺を抱いたし、暇さえあれば「好きだ」だの「愛している」だのと囁いてきた。そう言った事に全く耐性の無かった俺は、それはそれは相当の衝撃を受ける日々だった。
しかし、毎日のように囁かれているうちに色恋に耐性のない俺にだって理解できた。
あいつの言う「愛してる」は俺への純粋な愛などではなく、当たり前のように誰かを"あいしたい"という欲望の現れだった。
俺という人間は、やり場のないその気持ちをぶつける、"入れもの"にすぎない。
あいつは、ずっとこうして当たり前のように他人を愛したかった、それだけだったのだ。
なんて可哀そうなやつなのだろう。
更に、あいつの思春期が鋭利な茨に満ちていたのは、他者と愛する相手が決定的に異なるのと他にもう一つ理由があった。
あいつは昔から異様に惚れっぽかったのだ。
小学校の頃からのクラスメイト、部活の後輩、古典教師、通学路で毎日すれ違う他校の生徒。よくもまぁ、他人にそれだけ能動的な気持ちを向けられるものだと感心してしまう程に、あいつはたくさんの人を好きになってきた。
けれど、あいつの性質はその沢山の好きな人たちを気持ちの赴くまま愛す事を許さなかった。俺には一つも理解できないし、理解をしようとも思わないが"好き"を愛に昇華できないという事は非常に心によくないらしい。
そのせいで、あいつは代用品を必要とせねば生きていけない程、追い詰められていた。
もう、誰でもいい。
誰でもいいから、あいつから愛されてやってくれ。愛されたい人間はこの世にごまんと居るだろうに、どうしてこんなに愛したいあいつと世の中の需要と供給は一致しないんだ。
同性愛者、ただそれだけの理由で。
神の見えざる手よ、どうかあいつを導いてやってくれ。
――そうでないと、俺の体が持たない。
あいつの誰かを愛したい欲求と10代の健全な性欲がないまぜになっている現在は、非常に俺の睡眠時間を削ってくる。それはもう、最新鋭の掘削機をフル稼働しているかの如くゴリゴリと。
授業とバイトがフルで詰まっている日なんかは特に、睡眠時間の1分1秒が死活問題だ。なのに、あいつは最近では毎日求めてくる始末。
しかし、やはりあいつの甘えた声と笑顔でお願いされると、断りきれない俺が居る。
あいつはいいだろうさ。
俺を抱いた次の日は必ず爆睡して、目覚めたらそれはもうスッキリした顔をしているのだから。最近では、あいつの登校時間は午後からだ。そんな事をしていて学校は大丈夫なのだろうか。
いや、あまり大丈夫じゃないだろう。
しかし、それは俺の知ったところではない。俺だってアイツのせいで、朝の授業は殆どサボらされているのだから。俺も1年にして単位が危機一髪のところである。
と、そんなお互いにとって百害あって一利なしの関係性に落ち着いている俺たちであったが、神は居た。いや、天使か。
そう、あいつは昨夜、俺ではないとても可愛らしい少年と"愛し合って"いたのだ。周りが見えない程に、堂々と、そしてあの調子だと無理やりといった非合法な形でもないだろう。
明彦は、やっと、やっと本当に好きを愛に昇華できる相手に出会えたのだ。
愛の入れものだった俺の役割の終わりは唐突。ラブストーリーは突然に。
俺はこうして久々の深い、深い長い眠りの中、少しだけ寂しさも覚えた。
『アッキー、一生のお願いしていー?』
そう、何でもかんでも俺に甘えてくる明彦。明彦にとって俺は、きっと都合の良い人間に違いなかっただろうが、それは俺も同じだった。俺はアイツに何か頼られる度、自分がとても大きな存在になれたような気がして、凄く気持ちよかったんだ。
メシは明彦の好きな物ばかり作ったし。掃除も洗濯も全部俺がやった。風呂も一番風呂にしてやった。セックスだって無茶な事ばかり言ってきたが、拒んだ事は一度だってない。
脳内列挙すると、自分でも若干引くくらい尽くしてやっていたなと感心する。
しかし、いいんだ。
見返りはたっぷりもらってきた。
甘えてくる明彦の頭を「わかったよ」と撫でてやる。それで明彦が笑ってくれる。俺は、それだけで充分だった。
――それも、もう終わ、
そこまで考えて、俺はハタと思い至った。それは別に恋人役でなくとも、お兄さんぶっていたあの幼い頃から変わらず明彦から与えられていたではないか、と。
あぁ、俺たちは別に何も変わっていなかった。その瞬間、心の内にあった少しの寂しさも消え去ると俺は急激に意識が覚醒していくのを感じた。
さぁ、起きたら明彦の恋人役は終わりだ。