11:店主

 俺は夢がカタチになったその酒場の階段の最後の一段に足を下ろすと、ジワリと漏れるオレンジ色の光のある扉に手をかけた。

 階段の入り口同様、上部はガラス張りだったがそこには薄い小さなカーテンがかけられている為、中の様子は伺えない。

 

 閉まっているのかもしれない。

 

 そう頭のどこかで呟く自分の冷静な感情に、俺は盛大な無視をすると、手にしていた扉を勢いよく開けたのだった。

 

「す、すみません」

 

 なんの抵抗もなく開いた扉に、俺は中から誘うように優しく漏れる薄い朱色の光を見た。

 扉越しに聞こえていた、アップテンポな弦楽器の音楽が、直に耳に入ってくる。

 

「…………っ」

 

 ここは、理想郷か。

 俺は目の前に容赦なく広がった光景に、目眩を起こしそうになった。

 

 壁は黄土の土壁で、煉瓦がはめ込まれている。天井は真ん中が高く、石の天井がアーチになっている。

 漏れていた灯りは、そこかしこに置かれたランプだった。道理で光が目に痛くないと思った。

 奥行きのある店内には丸や四角の机が秩序なく置かれている。どのアイテムも俺好みで、そのまま奥に進むと突き当たった所にカウンターがあった。

 カウンターの奥には大量の銘柄の酒瓶が並べられており、脇には大樽も並んでいた。

 カウンターだけは少しだけ薄暗くしてあるようで、怪しい雰囲気が際立っていた。

 

「あ、あの……」

 

 しかし、あまりの理想郷に一番不可解な情報への処理が、おざなりになっていた。

 

 店内に客らしき人物は一人も居なかったのだ。

 しかし、“客らしき人物”が居ないだけで、人が居ない訳ではなかった。

 

 俺が一歩一歩足を進めた先。

 つまりは、カウンター席に一人だけ俺に背を向けて腰掛ける人の姿があった。

 その手には酒があり、後ろ姿の人物は俺の声になど微塵も反応を見せず、カラリと酒の中の氷を鳴らした。

 

 店主も客も居ない店に、一人だけ居る人物。後ろ姿はとても姿勢がよく、背筋に針金でも通してあるのかと思える程、まっすぐだった。

 そして、生きているのかと疑わしくなるほど微動だにしない。

 

「あの、すみません。えっと……ここは貴方のお店ですか?」

 

 俺は意を決すると、男の腰掛けている席の隣に立ち、伺うように少しだけ前屈みになった。

男は黒髪で前髪が少し長く、髪の隙間から見えた目はスッと通り、横顔だけでも息を呑む程の鋭い美しさがあった。

 1週間前に会った、例の“国王様”という青年とはまた違った美しさだ。

 

「あの、」

「出て行け」

 

 一瞬、俺は何を言われたのかわからなかった。

 ただ、次の瞬間。

 静かに俺を見上げてきた男の目に、俺はゴクリと唾を飲み込むことしか出来なかった。

 冷たかった。酷く、痛さを含んだ目だった。

 

「聞こえなかったのか。俺は、出て行けと言ったんだ」

「…………」

 

 余りの声の冷たさと迫力に、俺は一瞬呼吸の仕方がわからなくなる。

カラリ、と男の手に握られていた酒の氷が音を鳴らした。

 

 俺は耐え切れず男の視線から目を逸らした。逸らした瞬間、俺は視線の先に見えたモノに、一瞬にして意識も感情も持っていかれた。