13:懐中時計

 

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 この村に連れて来られて、良いことなんか一つもなかった。

 僕は、いつも一人だった。

 

 ———なのに。

 

『なぁ、なぁ』

『……うるさい。近寄るなよ。汚い。この貧乏人』

 

 こちらに近付いてきた、薄汚れた服を着た村の子供に僕は気遣う事なく顔を顰めた。

 どうして僕がこんな何もない汚い村に来なければならいのか。

僕の気持ちは村に来た時から変わらない。

 

『……あ!』

 

 しかし、小汚いソイツは僕の態度に一瞬だけ傷ついたような顔したが、本当にそれは一瞬だけだった。

次の瞬間にはパッと表情をかえると、僕の腰に欠けてあった懐中時計を覗き込んできた。

 ツンと、僕の鼻に不快な臭いが香る。

 コイツは日常的に風呂に入っていないのだろう。かなり、くさい。

 いや、こいつというより、この村の人間は皆同じようなものだ。くさい。

 だから僕は必要以上に村人に近付きたくないのだ。

 

『近寄るなって言ってるだろ!クサいんだよ!お前!』

 

 ドン!僕は思わず小汚いソイツの体を押した。まずい、触れてしまった。

 僕はとっさに小汚いソイツに触れた自分の手を見て、嫌悪感を抱いた。そして、押された拍子に地面に尻もちをついた小汚いヤツは、ポカンとした表情のまま僕を見上げてくる。

 

 僕は自分が村の子供達から裏で何といわれているか知っている。

 この事で、きっと僕はこれからもっと色々言われるのだろうが、汚い貧乏人の子供から何を言われても気にならない。

 早くどこかへ行ってほしい。本当に臭いんだ。

 

『なぁ、ソレなに?』

『うるさいなぁっ!あっち行けよ!』

 

小汚いヤツは未だに俺の腰にある懐中時計を見て、目をキラキラさせている。僕の言葉なんて一つも届いてないみたいな顔。

 

——なんなんだよ!こいつは!

 

『キラキラしてて丸いなんて、それもしかして月?』

『そんな訳ないだろ!バカか!』

『確かに、俺はバカだけど……なぁ、なぁ、ソレ何?キレーだなぁ!』

 

 バカで貧乏人の癖に、こんな顔をするから。

 あまりにも僕の言葉になど耳を貸さず、あまりにもキラキラした目をこちらに向けてくるものだから。

 

 だから、僕も拍子抜けして答えてしまった。

 

『これは懐中時計だ』

『かいちゅうどけい……それって何に使うの?』

『時間を見るんだ。今が何時か知るために』

『へえ!時間て太陽見るんじゃダメなのか?時間を知ってどうするんだ?なんでそんなにキラキラしてるんだ?なんで丸いんだ?』

 

 答えなきゃよかった。

 僕は心底そう思った。これじゃあキリがないじゃないか。知識のない貧乏人を相手にするだけ、それこそ時間の無駄だ。

 

『なぁ、教えてくれよ!じゃなきゃ、気になって今日眠れなくなる!』

『へぇ』

『そう言えば、お前の名前なんていうの?』

『懐中時計はもういいのかよ。もうあっち行けよ』

『オレ、お前について知りたいことたくさんあって困ってるんだよ!』

 

 あまりにも勝手な言い分過ぎて、僕は思わず笑ってしまった。笑って、しまったと思った。こんな事をしていると、この小汚いヤツが調子に乗ってしまう。

 

 案の定、小汚いやつは僕にその後と質問ばかりぶつけてきた。

僕は、その殆どを無視した。無視したのに、ソイツは諦めずにずっと質問してきた。

 

 その質問が、馬鹿なものばかりで僕も笑わないようにするのに苦労した。

 ちょっとだけ。本当にほんのちょっとだけ、笑ってしまったけど。

 

『もう、時間だ。帰る』

『えーっ!まだ懐中時計の事しか聞いてないのに!?』

『っふ』

 

 しまった、また笑ってしまった。

 そんな俺に、ソイツは言った。

 

『また、明日ここに来てもいい?』

 

 俺は何故だか、その瞬間。

 その瞬間、とても心臓が嫌な音を立てた。だから、俺は何も返事をせず、その場から逃げた。走りながら、僕は思った。

 

そう言えば、この村に来て初めて笑った気がする。