17:フリダシ

 

 

 

「出て行け」

 

 開口一番がその言葉だった。

 取り付く島もないとは正にこのような状況の事を指すのだろう。

 男は俺に背を向けたまま、手には先日同様酒が持たれている。中身はどうやら別の酒のようだ。何の酒だろう。

 

「あの、」

「俺は出て行けと言ったんだ」

 

 そう、他の誰でもない俺に言い放たれた鋭い言葉に、俺はただ項垂れるしかなかった。完璧にフリダシに戻っている。

 いや、戻っているどころか逆にマイナスになっている気がするのは、俺の気のせいではない筈だ。

 

 —–やっぱり昨日約束をすっぽかしたのがいけなかったか。

 

 俺は今、例の酒場に来ている。

何度来ても、何度見ても、この酒場は俺の好みの真ん中をゆく。まぁ、まだ2度目だけど。

 しかし、何故だかここには沢山の酒と席があるのに、居るのはこの男とフクロウだけだ。何故なのか。知りたい事は山ほどあるのに、俺にはそれを知る手段がない。

 

「昨日は夜勤で……あの、だから」

「出て行け」

 

 さすがの俺も泣きそうになった。この男は怒っている。表情は見えないが、確かに態度はとてつもなく怒っている。

ピンと伸ばされた背筋に、これほどの拒絶を感じた事は、未だかつて一度としてない。

 

「すみませんでした!昨日はすっぽかしてしまって!」

「別にアンタと約束をした覚えはない。いい加減に出て行ってくれ」

「………」

 

 それならこんなに怒らなくてもいいだろ!

 間髪入れずにお見舞いされた、何の遠慮もない言葉に俺はそろそろ心が折れそうだった。

 ここ最近、酒を呑めていない。ここは諦めて別の酒場に行ってもいいのだが、本当に、この酒場は俺の好みのど真ん中のなのだ。きっと、ここで諦めて帰ればもう此処で酒を飲む事は叶わないだろう。

 できれば常連になりたいし、もしよければ自分の酒場を作る時の参考にしたい。

 

 そして、なにより。

 

「俺は今ここで酒が飲みたいんだよ!」

「出て行け」

「ここで酒を飲ませて下さい!」

「出て行け」

「このケチ!」

「あ”?」

 

 あまりの勢いと大声のせいで、思わず本音が飛び出してしまった。そして、その本音は男の拒絶に満ちた背中を瓦解させた。男は振り返ったのだ。

 

 そう、俺を見たのだ!

 

 俺はここぞとばかりに男の目の前に立ちはだかった。俺は男の視界を占領する事に成功すると「ここで酒を飲ませて下さい!」と再度頭を下げた。

 男は一瞬“ギクリ”と擬音が飛び出しそうな顔で俺を見返してきたが、しかしそこは気圧される事なく、その鋭い目で俺を睨んできた。

 下げたの頭の下でチラリと男の様子を伺う。

 

 ——-負けるな、逃げるな。頑張れ、俺!

 

「お前、自分のしてる事がわかってるのか?不法侵入だぞ?俺が今ここで自警団に連絡すれば、捕まるのはお前だ」

「ここは店だろ!俺はここの客志望だ!どうして捕まらなきゃならないんだ!」

「店?どう見ても閉まってんだろうが!誰も居ない家屋にお前が不法侵入してきたんだ!」

「誰も居ない?ここにはアンタが居るだろうが!それに、フクロウも居る!この鳥の事は、俺は何にも知らなかったけど!アンタが教えてくれたんだ!」

「あれだってお前が無理矢理聞いてきたんだろうが!」

「でも!あんたはあの時教えてくれたじゃんか!俺はここで酒が飲みたいし!あんたに聞きたい事が!」

 

 

 —–山ほどあるんだよ!!!