21:店主と客

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「という訳で、起きたのはついさっきなんだ」

「…………」

 

 心底どうでもよさそうな顔で俺を見る一人酒場の店の男に、俺は一枚の紙幣を渡した。明日から、また仕事だ。今はなんとしても一酒浴びて帰らねば、明日から始まる長い労働期間を乗り切れそうにない。

 

「……………」

「何でもいいから酒をください」

「……………」

「じゃあ、アナタが飲んでるのと同じのでいいよ」

「何でアンタが譲歩してやったみたいになってんだよ」

 

 男はわざとらしく、その端整な顔立ちを歪めると自分の飲んでいた酒を俺が座っているのとは反対側に置き直した。

 わざとらしいにも程があるが、彼のパウの乳を無理やり奪い取ってしまった前科がある為、そこには突っ込まない事にする。

 今日の酒は深緑の色をした酒のようだ。

 

「あの、ついでくれないんですかね」

「上から2番目左から8種類目」

「あ、はーい。了解しました」

 

 グラスに注いでやる気など毛頭ございませんという風に、自分の酒をちびちび呑む男に、俺は諦めてのカウンターの中に入る。入る時、例のフクロウがじっと此方を見ており、前を通る瞬間は無意識に息を止めてしまった。

 慣れたとは言え、至近距離にはまだ恐怖感が拭えない。目が怖い。

 

「上から2番目、左から……6種類目っと」

「8種類目」

「あー、はいはい」

「おい。左だと言っただろうが。アンタ左右もわからないのか」

「~~~!酒から向かって左だと思ったんだよ!」

 

 —-ちっくしょう!俺の記憶力よ、頼むからしっかりしてくれ!

 

 俺はジクジクと嫌味のように指定された酒瓶を手に取ると、その瞬間、読めない字で記されたラベルに目を奪われた。

シンプルな書体の文字に、丸い緑の月。その中には何か長い耳を2つ付けた生き物のシルエットが描かれていた。瓶は酒の色同様、透明度の高い透き通るような緑色である。

 

「はぁ……」

 

 俺は余りの美しさにため息をつくと、酒の味を想像して腹の底が熱くなった。

 あぁ、ワクワクする。この酒はきっと果実の味が強く、風味が爽やかな気がする。予想でしかないけれど。

 

 俺は早る気持ちを抑え、一旦手元の台に酒の瓶を置いた。そして、カウンターの内側、ちょうど客からは見えない位置にズラリと並べられたグラスの列にまたしても嘆息するしかなかった。

 

「どれにしようかな……」

 

 足の長い細長いグラスから、精巧な細工の施されたグラス。ツルリと球体型になったグラス。趣向の凝ったものから、シンプルなものまで、そこにはありとあらゆるグラスが並んでいた。

 

「よし、これにしよう」

 

 俺は丸い球体型のグラスを手に取ると、他のグラスに当たらないようにソッと棚から取り出した。グラスを酒瓶の隣に置いたら、次は氷だ。

 

「下」

「した?」

 

 突然、放たれた言葉に俺は首を傾げた。男は自分の酒をコクコクと飲み干しながら、チラリと俺に向かって下を指差す。

 言われた通り下を見ると、氷を保管しておく専用の容器が置いてあった。

 俺はその容器から丸い氷を取り出すと、丸いグラスに3つ程重ねて入れた。入れた瞬間、氷の冷気でグラスの内側に薄く霜がつく。

 これは霜氷だったか。これまた、氷も高級なことで。

 あぁ、とても良く冷えた美しい氷だ。

 

 さて、次はやっと酒だ。

 そう思った瞬間。

 とん、と軽い音と共に俺の目の前にもう一つのグラスが置かれた。

 

「なんでしょうか」

「察しろ」

 

 置かれたグラスは男が今しがた飲み干した空のグラスだった。

 

 —–こいつ!どこの世界に客に酒を注がせる店があるんだよ!ちくしょう!

 

 と、腹を立てたいのは山々だが、如何せん俺も早く酒が飲みたい。こんな事で怒るのは時間の無駄だ。

 

「氷足せよ」

「………りょうかい」

 

 俺は男のグラスを力いっぱい握りしめると、空のグラスに先程同様丸い氷を入れてやった。そう、めちゃくちゃ入れた。