31:風呂上り

 

 

 

「なんだ、その頭は」

「あー、これ?」

 

夜勤明け。

俺は最高の酒場に居た。

今日も今日とてこの酒場には俺と、フクロウ、そしてウィズしか居ない。

 

「いやぁ、夜勤明けで家に帰って横になったと思ったら夜でして」

「それは、髪がずぶ濡れの説明になるのか?」

「待って、ここから!ここからがこの話の真骨頂!」

「真骨頂の意味をわかってるのか……」

「起きたらもう外真っ暗だし、かといって俺は寝汗でめちゃくちゃ臭いし!でも、早くここで酒が飲みたいし!」

「で?シャワーを浴びて髪を乾かさずに来た、と」

「そう!昨日一昨日と来れなかったから、一刻も早く来たかったんだよ」

 

 確かにそれは嘘ではない。しかし、真実でもなかった。

元々、俺の部屋には加風結石がない為、髪を乾かすといった習慣はない。そもそも加風結石はマナを大量に消費するため、庶民が好んで使う事はないのだ。髪の毛など、ほっておけばいつかは乾く。そう目くじらを立てるような事でもあるまいに。

 

 そんな事より、俺としては早く寮の熱結石の修理業者を早いとこ斡旋して欲しい限りだ。まだ秋口とはいえ、いつまでたってもシャワーが水なのはたまらない。

 

「はぁ、店は逃げない。これから落ち着いて髪は乾かして来い。でないと」

——風邪ひくぞ。

 

 思わず掛けられたウィズからの優しい言葉に、なんとなくまだ濡れる自身の髪の毛に触れた。先ほどよりは乾いてきてはいるが、まだ湿っている。髪も乾かさずに駆け出してくるなんて、確かに子供過ぎたかもしれない。

 

「まぁ、俺は丈夫だから風邪なんて引かないさ」

「風邪を引いて寝込む奴は、だいたいそう言う」

「大丈夫!酒を飲めばだいたい元気になれるんだよ、俺は」

「救いようがないな」

 

 ウィズは呆れたような顔で小さく溜息を吐くと、クルリと俺に背を向けカウンターの奥にある扉の向こうへと行ってしまった。

 

どうしたのだろうか。さすがに、店主の許可もないまま勝手に酒を漁る訳にもいかないため、俺は再び自身の髪の毛に触れてみた。

あぁ、まだ湿っている。最近少し髪の毛が伸びたのせいで乾きが遅くなっているようだ。そろそろ髪も切らねば。

 

バサバサッ

 

 急にフクロウが羽ばたいた。そして、おまけに首があり得ない方向まで回転している。さすがの俺も、その光景は何度となく見てきたので今更ビックリはしない。近づいても息を止めたり緊張したりもしない。

もう、怖くない。

 

「…………そうか」

 

 俺はフクロウの止まり木の前まで行くと、フクロウ首のように頭を左右に振ってみた。羽のように羽ばたく事は出来ないが、こうして首を振って風を当てていれば乾きも早いかもしれない。加風結石を自分でやれば、マナもいらない。

 風が濡れた髪の間を抜けていく。少し、気持ちが良い。

 

バサバサバサバサッ

「ははっ」

 

 俺の行動にビックリしているのか、それとも一緒に踊ってくれているのか。フクロウも俺の動きに合わせるように羽ばたく。少し「ホッホッ」と鳴いているような声が聞こえる気がする。なんと、コイツも鳴くのか。

 

「……お前、何をしてるんだ」

「はっ」

「とうとう頭がおかしくなったか」

 

 俺がフクロウと共に首を左右に振るという、他者から見れば明らかに奇行極まりないところを、ばっちりとウィズに見られてしまった。既にフクロウは我関せずとでも言いたいのか、首をグルリと回して俺を視界から外してしまった。

 

「……なぁ。コイツ、鳴いてたんだけど」

「そりゃあ、頭がおかしい人間が目の前に居たら鳴きたくもなるだろうよ」

「……あぁもう!髪を乾かそうと思ったんだよ!もう!頼むから流してくれ!」

——恥ずかしい!

 

 どうにか誤魔化そうとしてみたが、やはりさすがにそれは力技過ぎたようだ。カウンターの向こうから、タオルを持ったウィズが呆れた顔で近寄ってくる。段々と体が熱くなるのが止められない。多分、今俺の耳は真っ赤だろう。

 

「使え」

「いいって。そのうち乾くから」

「いいから使うんだ。風邪を甘くみるな」

 

ウィズは有無を言わさぬ口調で、手に持っていた質の良さそうなタオルを俺に向かって差し出してくる。わざわざ、店の奥から取りに行ってくれていたのか。

 

「……ありがと」

「早く拭け」

 

 そう言って手渡されたタオルは、やはり質の良さが手触りですぐに分かる程、柔らかく肌触りが良かった。ひとまず、言われた通り半乾きの状態だった髪の毛にタオルを当て、2、3度乱暴に拭ってみる。

 まぁ、頭にタオルを置いておけばそのうち乾くだろ。

 

「おい、自分の髪の毛もまともに拭けないのか」

「拭いてる、拭いてる」

「……座れ」

「え?」

「いいから、ここに座れ」

 

 そう言って座るように示されたのは、いつものカウンター席ではなく、すぐ傍にあるテーブル席の椅子だった。座るようにと指さされた椅子を見れば、それは年季の入った丸椅子で、オールドオークの質感が温かみを感じさせる落ち着いた色味の椅子だった。

どうやったらこうも何からなにまで俺好みのアイテムを揃える事が出来るのか。俺は思わず誘われるようにその椅子に腰かけた。

 

腰かけた瞬間、タオル越しに髪の毛を撫でるように優しく触れられる感触が走る。

これは一体どういう状態だ。