41:おやすみ

 

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 結局、あの大きなサイズの酒瓶を二人で全て飲み干した頃には、既に夜中だった。和酒は度数の高い酒であるため、あれを二人とは言え飲みつくした時には、俺もアボードもしこたま酔っぱらっていた。

 

 まだ明日も仕事だというのに。俺は一体何をやっているんだ。

 いや、しかし、良い酒が飲めた。お陰で悪酔いはしていない。きっと、明日は二日酔いなど起こらないだろう。そう、信じたい。

 

「あー、シャワーは明日にすっか。もう、ねみぃ」

「俺もー」

「つーか、熱結石ってまだ壊れてんのか?」

「まぁね。俺しか住んでないからって扱い酷すぎ。冬までには修理して欲しいよ」

「まぁ、お前しか使わねぇ熱結石に領民の血税使うのは確かに暴動が起きそうだもんな」

「……平日から酒買って仕事の邪魔しに来る騎士様に言われたくない」

 

 フワフワする意識の中、やっとの事で準備した寝床で俺達兄弟は両手足を広げて天井を眺めていた。ともすれば、あと数分後には夢の中だろう。

 

「……そういや、お前。俺に言う事あるんじゃなかったか」

「おー、そうだった。そうだった。お前、覚えてるか。俺が前回、お前に会いたがってる同僚が居るから会ってくれって言ったこと」

「あー、言ってたような……言ってないような」

「確実に言ったわ。あれ、週末でいいか?」

 

 弟の言葉に俺はフワフワした頭で少しだけ思案する。週末、週末はダメだ。ウィズが南部から帰ってくる。そしたら、ファーをウィズに返しにいかなければならない。

 正直、ファーにはずっとここに居て欲しいが、そんな訳にはいかない。

 

「週末……夕方からいくとこある」

「なら、昼だったらいいって事だな」

「……まぁ。けど、なんでソイツは俺と話したがってるんだ?」

「なんか、探してるやつが居るらしくてな。酒場でいろんな奴の話を聞くのを趣味にしてる奴が居るって言ったら、どうしても会いたいってさ」

「……前世か」

「だろうな」

 

 アボードの肯定の言葉が、静かな部屋に響く。この世界は、本当に誰もが誰かを探している。大切だったあの人に、また会えるかもしれないという微かな望みを頼りに生きている人間は少なくない。

 

「俺なんかに会うより教会に行くべきだろ」

「もちろん行っただろうさ。何でもいいから情報が欲しいんだろ。良い奴だ。協力できる事があるなら、してやりたい」

「……お前、ほんっとうに世話焼きだな」

「……週末、騎士宿舎に来いよ」

「……頼む奴の言い方かよ」

 

 互いに言葉のテンポが少しずつ遅くなる。これはもう、アボードの意識が薄れつつあるな。

 かくいう俺もそうだ。眠くて仕方がない。週末。まぁ、弟の顔を立ててやると思って、行ってやろう。

 

 この酒のお礼だ。

 

「……あぁ、ほんと、ここは、静かだな」

「……そうだな」

 

 静かだ。またしても口にするアボードの声が本当に穏やかで、普段とはまるで違うものだから、俺は思わず隣に横になる弟を見た。そこには既に目を閉じ、起きているのか、寝ているのか判断のつかない大きく成長した弟の姿があった。

 

「…………ここ、いい、な」

 

 そう言って次の瞬間に聞こえてきた穏やかな寝息。完全に寝てしまったようだ。

 

「おやすみ、アボード」

 

———いいな。

 常に周りから頼られ、慕われるアボード。死を前にした仲間の“救い”になりたいと、常に気を張って笑顔と、揺るがぬ背中を他者に見せる俺の弟。

前世の矜持だか何だか知らないが、まだまだ若い弟にそこまでの責務を背負わせ縛りつける前世の記憶というのは、本当に人を幸せにするのだろうか。

 

 アボードの同僚もそうだ。教会を頼り、奔走し、酒場で他人の話をよく聞いているだけの俺すら頼る。それって、過去に縛られ今の自由を奪われているんじゃないか。なぁ、それは幸せなのか。

 

——-ビヨンド教は来世へ、記憶と共に人々を新たな生へと導く教えを説く。

 

 前世の記憶なんてクソくらえ。みんなそんなの忘れてしまえばいいのに。俺みたいに、今だけ見て生きていけば、もっと楽に生きられる筈なのに。

 

 俺は少しだけ冴えてしまった目に、むくりと起き上がると止まり木で静かに羽を閉じているファーに近寄った。

 

『撫でる時は、ここ、眉間を撫でてやるといい。ここを撫でられると、フクロウは喜ぶ』

 

 静かな声が、耳の奥で響き渡る。

 ウィズ、きっとお前も前世に縛られて窮屈な思いをしているんだろう。あの酒場も、あの酒も、ファーも、全部、本当は“誰か”の為のモノなんだよな。

“今”の為にあるんじゃ、ないんだよな。

 

 あぁ、もう。

 前世の記憶なんて、ビヨンド教なんて。

 

「ファー、おやすみ」

 

 俺はファーの眉間にそっと触れ、静かに撫でてやると部屋の灯りを消した。

 

 

 この部屋は、本当に静かだ。