高校生活も終盤に差し掛かってきた3年の2学期。
ヤツはやって来た。
「池田 一(いけだ はじめ)です。父の仕事の都合でこちらに越してきました」
ヤツは少し低めの、しかしよく通る声でそう言うと俺達に向かって深々とお辞儀をした。
その瞬間、女子の目は一気に俺からヤツへとシフトした。
まさに、瞬間移動の如く。
ヤツは簡単に言えば“違った”。
全然、俺達みたいな一般人とは住む世界が違う。
俺はヤツを見た瞬間、直感的にそう思った。
色素が薄いのか、透き通るような肌に、切れ長の目、薄く形の良い唇には人のよさそうな笑みを湛え、しかしかといって貧弱なわけではなく、制服の袖から見える腕は引き締まった筋肉が見えていた。
ヤツはモデルか何かのような完成された“美”を持つ男だった。
そう、俺のように捜せばどこにでも居る“ちょっとカッコイイ男の子”とは最早、次元が違ったわけだ。
そして、クラスの女子の目は半ば入りかけていた受験生モードから一転して、あの男を我が者にしようとゆう“女”の目へと劇的に変化した。
俺はその変化を間近に感じ、他の男子同様、背筋を凍らせたのだった。
「卒業までの少しの間ですが」
その日から、このどこにでもある偏差値そこそこの進学校のヒーローは、この俺、坂本(さかもと) 善(よし)から、池田 一へと移り変わった。
一極独裁だった政権が、高校生活の最終章にして突然交代したのだ。
世の中の移り変わりは激しいと言うが、それはこんな小さな公立高校も例外ではなかったらしい。
「どうぞ、よろしくお願いします」
かくして、この瞬間、俺とヤツの妙な対立関係が始まったのだった。
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しかし、その対立関係の話に入る前に、一つだけ“終わった関係”について説明しておこう。
ヤツが転校して来る前日。
もう一つ俺には、終わった関係があったのだ。
それは俺と、高校生活の全てを共にしてきた俺の彼女、上白垣 栞(かみしらがき しおり)との恋愛関係の終わりだった。
「善……、私達別れた方がいいかもね」
「そうだな」
「受験も近いし、これからはお互い別々の進路を目指して行かなきゃならないし」
「そうだな」
「善、今までありがとね」
「いや、こっちこそ。いろいろありがとな、栞」
と、まぁタイミングがいいのか悪いのか。
俺と栞は2年半もの間積み重ねてきた彼氏彼女関係にあっさりと終止符を打ったのだった。
まぁ、ね。なんか互いに心離れてるなぁって思ってた時だったし。
ついでに進路指導で出した志望校も全く別の大学だったし。
つまりは潮時だったんだ、俺らは。
でも、俺は栞と付き合えた事を後悔してないし、別れた事も後悔してない。
栞はちょっとだけワガママで自分本位な所もあったけど、凄く良い彼女だったと思う。
学校一可愛いと言うお品書きもあって、俺と栞は校内の美男美女カップルなんて呼ばれて居た時期もあった。
ほんと、懐かしい限りだ。
しかし、それらは全て過去の事。
過去があれば現在がある。
盛者必衰と言う言葉もあるし、栄えた者は必ず衰える時期が訪れる。
ただ、あの俺達とは全く違う次元に住むヤツには、その言葉は当てはまらないだろうなと、俺は密かに思った。
アイツが衰える時は、それは世界の常識が変わる時だろう。
まぁ、それは置いといて。
校内一の美男美女カップル。
俺と栞。
終わりを告げた俺と栞の関係。
後悔など一つもない結末。
だった筈なのに。
俺はその後、この絶妙なタイミングで栞と別れた事を若干後悔し始める事になる。
あぁ、別れるのが夏休み前だったなら……少しは状況も違ったのだろうか。
いや、結局変わらなかったのかもしれない。
これは俺が学校一のイケメンと言う称号を得た時から、既に逃れられない運命だったのかもしれない。
しかし、今さら終わった関係を嘆いてももう遅い。
終わりがあれば始まりがある。
既に始まった関係は……、どうにも止められないのだから。