129:アレを奪う者

 

 

「あぁ、アウト!キミは本当に素敵だよ!さすが僕のお気に入り!僕はキミの望む事は何でもするとここに誓うよ!神官の僕でも、吟遊詩人の僕でも、君の望む事は精一杯叶えるよ!」

「いや、いいよ。別にヴァイスにしてもらいたい事は特に……まぁ、吟遊詩人として、また歌ってくれれば十分」

「歌う歌う!アウトが望むなら、この声が枯れ果てようとも歌い続けるよ!」

「枯れ果てるまで歌わなくていいからね!?」

 

 そんなに嬉しかったのだろうか。ヴァイスは自分の座っていた椅子から立ち上がると、俺の椅子の背もたれ越しに俺に抱きついてきた。

 そんなヴァイスに、ウィズの向ける憎しみに満ちた視線ときたら。一見方向的に俺を見ているのと同じなので、正直肝が冷える。

 え、俺に向けているんじゃ、ないよな?

 

「っは、何が吟遊詩人だ。アウト、その飲んだくれとはいつから交流があるんだ」

「えっと、いつだったかなぁ。まだ出会ってそんなに日は経ってないとは思うんだけど。なぁ、ヴァイス?」

「人と人との絆に時間なんか関係ないんだよーだ!ウィズ、君だってアウトとは長いのかい?そんな気はしないね!だって、君たちには心の底から分かりあえているようなマナの流れを感じないもんね!」

「……ヴァイス。お前の持つ医療研究用のフラスコの中身が何であるか、俺が気付いていないとでも思ったか」

「ひえぇ!」

 

 ひえぇ!と叫びながら、ヴァイスの腕が俺の首を圧迫する。こっちは「ぐえぇ!」と叫びたいくらいだ。

 いや、実際叫んだ。ぐええぇ。

 

「こっ、こっちはお前のやってる断罪裁判で何人も同僚が懺悔牢獄にぶち込まれて迷惑してるのさ!お陰で毎日人手不足だよ!もうっ!飲まなきゃやってらんないよ!」

「あんな奴ら、ぶち込まれて当然だ。二度と外には出さん」

「そりゃあそうだけどさぁ!僕だってそう思うけどさぁ!確かに同僚として恥ずかしいし、彼らを心底軽蔑するよ!けれど、だからってそれでさ!僕の大幅に増えた業務から生じた心のケアは誰がしてくれるんだい?“アレ”しかないじゃないか!」

「……これ以上、俺にお前を追い詰めさせてくれるな。お前のフラスコの中身が一体、い・つ・か・ら“アレ”なのか、を」

「ひぃええ!アウト!コイツは恐ろしいヤツだよ!目が本気だ!僕から“アレ”を奪おうとしてくる!」

 

 俺の首にあるヴァイスの腕の力が増す。「ぐええ!」再びだ。

 一体何の話をしているのかは知らないが、ともかく“アレ”というのが圧倒的に“酒”である事は分かる。ぎょうかんを読めば、そんなの簡単だ。

 

「ヴァイス……仕事中に酒は良くないよ。俺だって我慢してるのに……」

「アウト、お前。絶対にこの飲んだくれの真似なんかするんじゃないぞ」

「分かってるよ!?そんな事したら、俺は仕事をクビにされる!」

 

 そう、今度はハッキリと俺の方に鋭い視線を向けてくるウィズに、俺は身を乗り出さん勢いで頷いた。まぁ、俺の体は後ろから抱き着いてきているヴァイスの拘束により、実際乗り出す事は出来なかったが。

 

「っていうか!ヴァイス!本気でフラスコに酒を入れてたの!?」

「へへ!」

 

 いや、まさか本気でフラスコの中身を酒にしているなんて思いもしなかった。あの「フラスコの中身が~」という言葉。

 あれはてっきり冗談だと思っていたのだが、本気で酒だったなんて、正直、神官とか年齢云々より、その方がヴァイスを見る目も変わるというモノだ。

 

「だって!だってだよ!?仕事中に酒を飲まなかったら、僕は一体いつどこで酒を飲めばいいんだ!アウトだって毎晩会える訳でもなしに!まぁ、ほぼ毎晩会ってるけどね!」

「毎晩、だと?」

「そうさ!僕とアウトは毎夜毎夜二人で風流を語り合い、愛を語り合っているのさ!」

「ほぉ、詳しく聞かせてもらおうか。アウト。お前は俺の所に毎夜来ていながら、こんなクソの飲んだくれの所にも通っていたなんて。お前がそんなに多情な男だとは思わなかった」

 

 ウィズの俺を見る目も、何故かこの瞬間ガラリと変わったような気がする。

 俺が一体何をしたというんだ!いくら“ぎょうかん”を読んでも、今回は一切分からない!これは一体何をどう言えばいいのだろう。

 

「えっと、俺はヴァイスの歌を聞いた後に、ウィズの所へ行ってたんだけど……?ダメだった?」

 

 分からないので、ひとまず事実を伝えてみた。何も状況が分かっていないのに、下手に画策するのは逆効果だと思ったからだ。

 

「わぁ!浮気だ浮気!僕はアウトの1号さんで、石頭ジジィは2号さん!なんてことだ!こんな天然無自覚浮気受けなんて、あぁ、夢があるじゃないか!新境地だよ!」

「っは、何が新境地だ。こんなの使い古された主人公総受けの最たるものだろう。それに、何故お前が1号なんだ。納得がいかん」

「何の話!?」

 

“テンネンムジカクウワキウケ”

“シュジンコウソウウケ”

 突然、二人の口からツラツラと出て来たアバブの言いそうな言葉の羅列に、俺は更に混乱した。あの夜勤の日、アバブからいろんな“ビィエル”の話を聞いたりしたが、俺はまだまだ初心者には変わりない。余りポンポンと用語を飛ばされても、理解できないのだ。

 

 なんなら、俺はまだヴァイスのフラスコの中身が酒って辺りで頭は止まっているというのに。

 

「あ!」

 

 ただ、俺の頭の回転が遅いお陰で、俺はサクサクと会話を前へと進めていく二人に、とある妙案を思いついた。

 そう、そうだ。二人の互いの要求を叶える、とても素敵な妙案だ。

 

「ウィズ!ヴァイスにもウィズの酒場に来てもらえばいいんじゃないかな?」

「えっ!酒場!酒場ってなんだい!何の話だい!アウト!?」

「……それ以上言うんじゃない。アウト」

「いやいや、言ってくれて大丈夫さ!アウト!ウィズの酒場って今、確かに言ったよね?」

 

 それまで俺の首を後ろから羽交い絞めにしていたヴァイスが、片手を向かいにいるウィズに突き出したかと思うと俺の口元に、自身の耳をこれでもかという程寄せて来た。「ほら、こっそり。こっそり僕に教えてごらんよ」と、内緒話を求めるようなその行為は、見た目が幼いが故に、非常にヴァイスらしい。

 

「えっと、ウィズ……どうしよう」

「あの石頭の事はいいから、ほらぁ。酒場がどうしたって?」

 

 俺は先程言われた「それ以上言うんじゃない」というウィズの言葉と、楽しそうに耳を寄せてくるヴァイスにどうしてよいのか分からなくなっていた。

 ヴァイスは童顔で一般の店では酒を売って貰えないし、更には酒場への入店もさせては貰えないと言っていた。

 だが、あの酒場であれば、もちろんウィズが店主であるため、ヴァイスが未成年でない事は確認できるから良いんじゃないかと思ったのだ。そうすれば、ヴァイスも仕事中にまで酒を飲まずに済むのでは、と。

 

 

 俺は思ったのだが。