1:金持ち父さん、貧乏父さん(1)

『ほぉぉぉ!こりゃあすごい!』

 

 

 俺は村の端に建ち始めた立派な建物に、大興奮だった。まだまだ建設途中のその建物は、きっと俺が今までの人生で見た事がないくらい大きくて立派な建物になるに違いない。

 

『なぁ!見て見ろイン!こりゃあすごいのが出来るぞ!』

 

 俺は隣に立つ、俺の幼い頃ソックリの見た目をしている、すなわち、この世で一番可愛い男の子に向かって声をかけた。

インはまだこの場所が何になるか分かっていないらしい。そりゃあそうだろ!こんな大きな何かが人が住む家とは思えまい!

 

『お父さん、これ、なに?』

『家だよ!家!人間が住む場所!』

『えええええ!こんなに大きいのに!?そんなにたくさんの人が住むの!?村の人全員住むの!?』

『ちがうっ!お金持ちはわざわざ大きい家に住むんだよ!ここにはリョーシュサマが来るらしいからな!お手伝いさんとか合わせても……10人くらいじゃないか?』

『たったの!ならこんなに大きくなくていいじゃん!』

『だーからー!金持ちは大きくて広いのが好きなんだよ!それに、一人一人に部屋があるんだぞ!』

『へー!一人一人?!わざわざ!?変わってるね!』

『なー!お父さんそう思う!みんなで一緒の部屋には居ればいいのにな!』

 

 そう言って王都の首都から連れて来られてきたであろう職人たちが、せっせと建物を建てて行く様を、俺と息子のインはしばらく口を開けたまま呆けて見ていた。何かが少しずつ出来上がるのを見るのは面白い。

 けど、

 

『お腹空いたっ!帰ろっ!』

『オレ、まだ見てく』

『じゃあ、お前の分の昼飯、お父さんがもーらい!』

 

 そう、そこそこ本気で俺が言いながら走り出すと、後ろから『いやだー!』とインが追いかけてくる。

 

『オレの分食べたら、おかーさんが怒るよ!』

『お母さんは、お父さんの事好きだからおこりませーん!』

『いやだーーーー!』

 

 そう言って走っている途中、転んだインを、俺は仕方なく肩車してやると、全速力で村の中を駆け巡っていった。村の年寄りたちが『また、変わり者のスルーがあの屋敷を見にきおって』『恥知らずが』と、影でコソコソ言っている。

 

 まったく、皆どうしてあの屋敷が気になる癖に近寄ろうとしないのだろう!あれが出来上がったら、きっとこの村はもっと面白くなるのに!

 

『イン!明日もまた見に行くかー?』

『行くー!』

 

 ふふん。これでちゃんとした“おとな”の理由が出来た。

俺は子供の面倒を見てやるという大義名分を得て、明日も明後日も大手を振ってあの家が出来上がるのを見に行くのだ!

 

 

——————————-

 

 

 変わり者のスルー。

 俺は何故か村ではそう呼ばれている。

 

 俺のどこか変わっているのか、俺は全然理解できない。

 ただ、昔からそう呼ばれているので、最早“変わり者”の部分まで俺の名前なような気がしている。

 

 何故だろう。

 

 毎年やってくる疾風に、毎年、一つ一つ名前を付けているからだろうか。

名前を付けた方が、愛着も沸くし、もっと疾風の事を知ろうと思えるかと思ってそうしているのだが、誰も分かっちゃくれない。

 

 いや、これに関しては、家族だけは分かってくれる。

『去年のアバウト君が来た時の前と空気が似てるね!』そう、息子のインが先に気付いてくれたお陰で、去年、うちの畑だけは疾風の被害が最小限に抑えられた。

あぁ!なんてうちの息子は天才なんだ!そして、俺はその父親なのだから、俺はもっと天才だ!

 

 あぁ、それとも俺が家で小鳥や野兎など、様々な生き物を飼っているからだろうか。いやだって、怪我をしていたんだから手当をしてやるだろう!ふつう!

 

あと、かわいい!鳥も、野兎も、あとは良く分からない毛玉の獣も!だいたい可愛い!

まぁ、俺が一番可愛いのだが、俺の次の次の次の次くらいに可愛いから、もう家族だ!

 なのに、村の年寄り共、寄ってたかってうちの家族を「早く食え」「早く食え」とうるさいにも程がある!

 

俺は食わんと何度言ったらわかるんだ!

 

 しかも、小鳥は何故か人の言葉をしゃべるようになった!夜、俺が真夜中の散歩から帰ってくると、必ず「おかえり!」というのだ!すごいだろう!

俺にだけだぞ!?しかも夜だけ。

 けれど、これは家族も信じてくれない。

 そうすると、もちろん村人も信じてくれない。それどころか、頭がおかしい奴と思われている。

 

 まぁ、これは今に始まった事ではないから特に何も問題はない。

 

『嘘じゃないのに』

 

 俺は、俺の何が変わっていると思われているのか指折り数えながら夜の原っぱを歩いた。こうして、真夜中に散歩するのが俺は毎晩の日課だ。

 

 そして、最後には原っぱの脇にある大石に登って遠くを見渡す。ちょうど、すぐ近くに建設中の大きな屋敷も見える。

 

 わくわくする。

 

 きっと、こうして夜中に一人で散歩をするのも“変わり者”の一つに数えられるかもしれない。けれど、俺は昼も好きだが、夜も好きなのだ。

 静かでとても良い。誰も見ていないから、どんなに変な事をしても、誰からも文句など言われない。

 

———ララララ。今宵の夜空も遠く、けれど手を伸ばさずにはおれず、

 

 俺は歌いながら踊った。踊りながら歌った。

 大石の上で、声を抑える事なく。この石の上は俺の舞台なのだ。

 これこそ夜の醍醐味だ。

 

ついこないだ、村の真ん中でこれをやったら、村長からうるさい邪魔だとこっぴどくしかられた。俺は良い声をしていると思うのだが、アイツらは耳が遠いせいで、きっとよく聞こえていないに違いない。だとすれば、今度は耳元で歌ってやらねば。

 

——-伸ばした先に、掴めるモノは何もない。ララララ。

 

 夜は静かだ。だから、好きだ。

 好きな事を、好きなように

 

 していい、大人の時間だ。

 

 

—————————————

 

 

 あの大きな家が完成した!

 そして、あそこに住む人間もやってきた!首都のアマングから!

 

 大きな馬車に乗って、綺麗な衣類を身に着けた従者をたくさん引き連れて!

 

 村の真ん中に留められたその馬車は、その中から降りて来た、真っ黒な上着と帽子を身に着けた人物により、シンと静かになる。男は村全体を値踏みするように見渡すと、静かな声で言った。

 

『この村の責任者を呼べ』

 

 それは、低く落ち着いた声だった。

 まるで、夜のような声。

 

 その声に、俺は村長が『私だ』と無駄にゆっくりと名乗り出ようとする前に、俺が勢いよく前に躍り出た。

 踊るのは得意なんだ。

 

『俺ですが!』

『お前が……?』

 

 男は一瞬俺の方へと視線を向けると、何か文句でもあるのだろうか。深く眉間に皺を寄せた。どうやら一瞬で、俺が責任者ではないとバレたらしい。

 そして、次の瞬間には、他の村人や村長から、いつものように怒鳴られ、引っ張られ、見事に舞台から降ろされた。

 

 ちぇっ、短い独り舞台だった。

 

 俺が全然納得しないまま、男と村長から距離を取らされると、いつの間にか俺の傍に駆け寄ってきていたインが俺の腕を掴んでいた。

 

『ね、お父さん』

『なんだい?』

『あの馬の引く箱の中にね』

『馬車な』

『そう、ばしゃの中にね』

『うん?』

『子供が乗ってたよ』

 

 何故か俺にだけ聞こえるように屈ませ、俺の耳にささやくイン。その顔が余りにも嬉しそうで可愛かったので、俺はインを力いっぱい抱きしめてやった。

 

『子供か!そりゃあいい!新しい友達じゃないか!』

『あたらしい、ともだち?』

『そうそう!この村で新しい友達が出来るなんて、イン!お前は幸運だな!』

『うん!そうかも!』

 

 俺はインの頭を撫でてやると、いつの間にか終わっていたらしい村長と、あの男の会話に過ぎ去っていく馬車の背を見送った。

 

 うん、幸運だ。これは、またとない幸運!

 

 俺は村人たちから放たれる、どうでも良い説教を無視し、息子と一緒に家へと駆けだした。

 

 

———————————-

 

 

 それからしばらくは、何も起こらなかった。

 というか、この村に居て“なにか”起こる事は滅多にない為、まぁこんなもんだ。

 

 ただ、最近インが妙に楽しそうだ。

 畑仕事の合間に、原っぱに向かって行っているようだ。どうやら、新しい友達が出来たらしい。

 それは良いが、この寒いのに毎日川で水浴びは見過ごせない。

 

 親として、そろそろキツく言って聞かせなければ。

 

 まぁ、それは明日でいい。

 今日も今日とて俺は大岩の上で歌って、躍って、原っぱを駆けまわって過ごす。子供の時は昼間だって出来たのに。

 まぁ、子供の時より眠る時間も少なくて済むようになったから、別に良いけどな。

 

———ララララ。今宵の夜空も遠く、けれど手を伸ばさずにはおれず、

 

 それに、この夜の散歩のお陰で俺もあったのだ。良い事!

イン、お前だけじゃないんだぞ、と明日説教のついでに自慢してやろう。

 

『…………』

 

 大岩から少し離れた場所に、俺ではない大人の男が一人でぼんやりと立っている。

 立って、口には煙の放たれる棒のようなもの、あぁ、あれは葉巻だな。葉巻をくゆらせ、原っぱの向こう。ずっと遠くを見ていた。

 

——-伸ばした先に、掴めるモノは何もない。ララララ。

 

 俺にも観客が出来た。

 あの、夜のような男が、毎晩、何故かここに来る。理由は、まぁ、知らん。俺もここに来る理由など聞かれても困るしな。

 

——-俺ですが!

——-お前が……?

 

 あの会話以降、特段何の会話もした事はない。ここには互いにやりたい事があって来ているだけで、交流を持つ為に居る訳ではないのだ。

 

 ただ、聞こえてはいる筈なのだ。

 この俺の歌声は。だって、あんなに近くに居るのだから。

 

———夜の歌。静かに、けれど遠くまで響き渡る。

 

 俺は夜は好きだ。

誰も俺のやる事に文句を言わないから。静かだから。夜は自由だ。

昼間は明るくて元気になるが、けれど不自由だ。

 

———届いたかい。この美しい月の果てまで。

 

 けれど、こうして夜、まさに夜のような男に静かに俺の歌を聞いてもらっていると思うと、それは胸がすく。夜はどちらかと言えば俺も大人しくなる方だが、観客が居るとなれば話は別だ。

 

 いつもより遠くに聞こえるように、男が見てる方を同じように見て、歌う。

 遠くに、遠くに、もっと遠くに聞こえるように、歌う。

 

 男のくゆらせるタバコの煙が、まるで、月まで登っていくようだった。