(外伝3):金持ち父さん、貧乏父さん(3)

 

 

その日、おかしな事に昼間に夜を見た。

 

『ん?』

 

 いや、違った、違った。

 夜じゃない。昼間に“ヨル”を見たのだ。

 ヨルは数人の使用人を引き連れ、村にやって来ていた。もっと詳しく言うならば、村長の家から出る所だった。

 

 その顔はどうも、いつも以上に厳しく、眉間には深い深い皺が寄っている。

 

 ふうむ。

 何やら、あまりヨルの思い通りに物事が進んでいないようだ。

 村長は形ばかりの見送りをすると、すぐに戸を閉め家の中に戻る。他の村人たちも、ヨルを遠巻きに見つめては『よそ者が』とか『勝手な事を』と影でコソコソ言っている。

 

 あぁ!あれじゃ、まるでいつもの俺のようじゃないか!まったく、ヨルめ!すぐに俺の舞台を横取りする男だな!

 

 そんな村人たちに、ヨルは更に眉間に寄せた皺を深くする。

 ヨルは周りの評判を気にする“気にしい”な男なので、きっと内心しょんぼりとしているに違いない。

 

 今日の夜はヨルの好きな歌をたくさん歌って慰めてやらねば!

 

 『早く出て行けばいいのに』

 

 誰かのハッキリした声が響く。それはもう、ヒソヒソと囁き合っているような音量ではない。

 まぁ、俺は賢い男なので、よく、よーく分かっている。

 別にアイツらの中で、ヨルを本気で追い出したい奴なんて、きっと殆ど居ないのだ。一部の年寄り連中ならまだしも、他の奴らは周りに流されて一人を攻撃しているだけ。

 

 だから、周りの目など気にしてもいいことないんだ!

 俺がそんな事を思いながら畑の肥料を運んでいると、予想外な事に、ばっちりとヨルと目が合った。

 

『(よ・わ・む・し・が)』

 

 俺は声には出さず、口だけ動かしてそう言うと、フイとヨルから目を逸らした。

 さて!俺は家族を養う為に畑仕事に精を出さねばならないのだ!

 

 ヨルの事なんか知らん顔で村の通りを歩く。歩いて、歩いて、俺はある一人の村人の前あたりで盛大によろけてしまった。

 

 あぁ!よろけたついでに俺の手にあった畑の肥料が、その村人の体に盛大にぶっ飛ぶ。いやぁ、俺達の体から作られた屎尿は良い肥料になるのに、酷く勿体ない事をした!

 

『うっ、うわぁ!おい!何やってんだ!スルー!?またお前か!?いい加減にしろ!?』

『あはは!悪いな!最近飯もろくに食べられなくてフラフラでな!謝る!ごめん!』

『どうしてくれるんだ!?』

『悪い悪い!けど、どうしようもないな!諦めろ!』

 

 大声で笑う俺に、ソイツはともかく大騒ぎをして、言葉の限り俺を責め立てる。そりゃあそうだろう。

この寒い時期に屎尿を被ってしまっては、川で体を洗い流すしかない。湯を沸かすには、薪を大量に使うし、そんな贅沢は出来はしないだろう!

コイツは寒い川に入って体を洗い流さねばならないのだ!なんて、可哀想なのだろう!

 

『はぁっ!?クソッ!この疫病神が!』

『そうかそうか!俺は神か!よく分かっているじゃないか!うんうん!』

『っくそ!お前と話してても埒が明かん!さっさと俺の前から消えろ!』

『そうか!じゃあな!』

 

 その騒ぎにつられるように村人達の関心が俺へと向けられ始めた。俺はそんな村人たちから放たれる言葉をスルリスルリと擦り抜けながら、軽くなった肥料樽を抱えヨルの隣を通り過ぎる。

 

『また変わり者のスルーが』『だからアイツは』『困ったやつだ』『村の恥が』

 

 ヨルに惜しみなく向けられていた関心が、いつものように俺へと向けられる。

 あぁ!やっぱり舞台に立つのは俺でなくては!

 

 俺は踊るようにクルリと体を回転させる。その際にチラとヨルの顔を見たが、なんとも面白い顔で此方を見ていた。

 

 さあ、一仕事終えたら、子供達の居る原っぱに遊びに行こう!

 あそこでは今、此処とは違って面白い事が起こっているのだから!

 

 

『ふうむ。“ぼく”は大人薬を手に入れた後、一体どうなったんだろうな』

 

 

 俺は昨日、息子から聞いた面白い“お話”の続きを知るべく、早いところ仕事を終わらせる為に、一気に駆け出した。

 

 

 

————————–

 

 

 

『ヨル!今日はお前の好きな歌を100曲は歌ってやろう!』

『…………』

 

 大岩の上に腰かけるヨルはチラと俺の方を一瞥すると、今日も今日とて手に持っているレイゾンの絵が描いてある飲み物に口を付ける。

 その隣を見れば、もう一本栓の開いた同じビンが転がっていた。どうやら今日はいつもより多めに飲まねば眠れないようだ!

 

『特別だ!200曲でもいいぞ!』

『……お前は』

『ん?』

 

 俺は大岩の前の原っぱの上に立つと、夜の暗闇を背にするヨルを見上げた。という事は俺の背には月があるのだろう。そういえば、今日は満月だ。きっと舞台は大いに照らされている事だろう。

 

『この村に、このままでいてほしいか』

『さあな!』

『…………』

 

 俺はクルクルと踊りながら答える。

 こうやってクルクルと回っていても、視線をある一点に固定しておくと、目が回らない事に、俺は最近気づいたのだ。だから俺の視線は回っていても、ヨルから動かさない。

 

 そう、これはヨルが来てから気付いた事だ!

 

『俺はこの村がこの村である姿しか知らないからな!良いも悪いもわからん!』

『……そうか』

『だから、ヨル!お前がこの村を変えた後の姿を俺に見せてくれたら、答えを教えてやれるかもしれんな!』

『……』

 

 何回まわってもヨルを見ていたら、ほら!目は回らない!

 

『ヨル!俺はお前の為に、何もしてやれん!俺は見ての通りだからな!俺は石のように動かず、お前を見ていよう!それが一番素晴らしい!』

『……回っているじゃないか』

『あははっ!その通り!では、そろそろ止まるとしよう!』

 

 俺はピタリと体を止めると、大岩の上に座るヨルを見上げる。ヨルはもうもう1本の飲み物も飲み終えてしまったようだ。

 顔が赤い。あれは、飲みすぎると顔が赤くなってしまうらしい!

 

『ただ、そうだな。ヨル。お前を助けてくれる奴はすぐ傍に居る。あとはお前が気付くか気付かないか。頼るか頼らないかだ』

『…………それは、お前ではないんだな』

『そうだ!俺は石だ!今後も一切お前の為には動かないと誓おう!』

『…………』

 

 俺は夜の舞台で満月に照らされ絶好調だ。チラと振り返れば、満月はヨルの顔をハッキリと照らす。

 

『子供は大人と違って素晴らしい。前に嫌だと言っていた事も、良いと分かればすぐに好きと言う。素晴らしいものは素晴らしいと、何の気のてらいなく口にできる。煙たがっていた相手の事も、すぐに受け入れる』

『…………』

『息子を頼れ、ヨル。今やお前の息子は村の子達の中心に居る。最初は一人ぼっちだったのに、それは凄い事だ。アイツは今や、村の事なら何でも知っている。きっと、どうすれば良いのかも教えてくれるだろうさ』

 

 ヨル。お前という夜を照らす月は、すぐ傍にあるぞ。

 

『子供の成長は早い。俺達の予想よりも、遥かにな』

 

 

———-お父さん!今日おかしい!空とか色々おかしい!

———-そうか?普通に良い天気だと思うぞ!

———-おかしいよ!去年アバウト君が来て、畑が全部だめになった時とおんなじ空気の匂いがする!あと、あと、ほっぺがべだべだするもん!

———-アバウト君が来るのは少し時期が早いと思うが。

———-そうかなぁ。空がアバウト君が来るよって言ってるのかと思ったんだけど。

 

 

『子供は案外な、俺達が全然分からなかった事に気付いてくれたりする。あとは、こっちの問題だ。聞くか、聞かないか。頼るか、頼らないか。認めるか、認めないか』

『…………』

『さぁ、頼りないヨル。弱虫のヨル。そして、頼らないヨル。弱虫を隠すヨル。お前はこれからどんなヨルになるんだ?』

『……………』

 

 俺はその瞬間、舞台役者を終え、歌い手に戻る事にした。

 俺に演技は向かん!

 

 

———-キミと出会った奇跡が、この胸にあふれてる

 

 

 

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