『おーい!今日のお話はまだやってるかーい!』
『お父さんだ!』
『インのとーちゃんだ!』
『もう終わりました。サヨウナラ』
『いやいや、待て待て』
俺は今日はいつもより早く畑仕事が終わった。終わったので、子供達と遊んでやる事にした。大人だから、たまには子供と遊んでやるのもまた仕事だ!
『ねー!お父さん!お父さん!』
『なんだ!息子!』
なにやらインが興奮気味に俺にとびかかってきた。こんな風に目を輝かせるインは、最近よく見て来たが、今日は一際だ。
これは何か面白い事でもあったかな?
『さっきね!さっき!オブのお父さんが来たよ!』
『え、オブ!お前お父さんが居たのか!』
『まさか、そこに驚かれるとは思わなかったです』
俺の驚いた顔に、オブがうんざりしたような顔を向けてくる。その顔があまりにも誰かさんに似ているものだから、俺は思わず吹き出してしまった。
『でね!オレ達といろいろ話したんだー!楽しかったよ!村が大きくなったら何があったら嬉しいかってはなしをした!』
『なんか、今度俺ん家に来て親父と話したいんだってさ!なぁ、オブ!村が大きくなったら、もう子供はあんまり死ななくて済むってほんとか?あれは嘘じゃなくてか?』
『うん、今よりは絶対にそうなる』
『ねー!お父さん凄いよねー!もう友達も死ななくて済むって聞いて、オレ嬉しくなった!』
ワラワラと他の子供達も寄って来ては笑顔で何か楽しそうに話している。それを聞いていると、なんだか俺まで楽しくなってくるから不思議だ。
あぁ、これだから子供は素晴らしい!
良いモノは良い!素敵なモノは素敵!好きなモノは好き!嫌いなモノは嫌い!でも、好きに戻ったらすぐにまた好きと言える!
『へー!凄いな!それは良い!そしたら俺ももう、インがゲロゲロ吐いて、うんことおしっこ漏らして、大泣きして熱が出ても、あんまり心配しなくて済むな!』
『もう!!お父さん!うるさい!なんでそんな事言うの!?オ、オブも居るんだよ!?』
『オブが居るから言ったんだ!』
『お父さん!最悪!』
そう、顔を真っ赤にして怒るインを横目に、俺は急に元気なく俯いたオブに目を向けた。俯いたせいで、その顔がどんな表情を浮かべているかなんて見えやしない。見えやしないが、俺はかまわない!
『オブ、村が変わったら、もうインはそうならなくて済むって事だよな?』
『うん』
『お前達が、変えてくれるんだよな?』
『うん』
うん。俯いたまま頷くオブは、けれど、ハッキリと約束してくれた。
子供の成長は早いと言っただろう?ヨル。
俺は俯くオブの頭を勢いよく撫でてやると、隣で「お父さんったら!」と騒ぐ、我が息子に顔を向けた。
あぁ、父親というのはソレは名前でもないのに、子供に「お父さん!」と呼ばれれば振り返ってしまう!なんと不思議な生き物なのだろうか!
『なんだ?息子よ!』
『お父さん!あとね!あとね!』
『うん?』
『オブのお父さん!すっっっっごく!かっこよかったよ!ちょっとじゃない!すっっっっごく!だよ!スーッとして、なんだろう、こう……夜?夜みたいな人だった!』
何を今更。お前は一度ヨルには会った事があるだろう。
そう、俺がインに向かって口を開こうとした時だ。それまで黙って俺に頭を撫でられていたオブが、勢いよく俺の手を払いのけた。
払いのけたかと思うと、何故か凄い顔でインを見ている。
あぁ、血というのは本当に面白い!これも誰かさんとソックリな顔だ!俺がよく見る顔のまんまじゃないか!
『イン!安心しろ!お前のお父さんの方がもっと格好良いぞ!』
『お父さん……?』
俺が興奮するインの肩をポンポンと叩き、そう言ってやると、インは次の瞬間、まるで妻のヴィアそっくりな大笑いを繰り出してきた。
『あはは!やっぱりお父さんってすっごく面白いね!』
——–あははっ!もう!本当にスルーったら面白い事ばっかり言うんだから!もう、あんんまり笑わせないでっ!ふふふっ!
『……俺は、今一つも面白い事なんか言ってないぞ!イン!それはどんな笑いだ!』
『っははは!だって!お父さんがオブのお父さんよりかっこいいって!あはははは!』
そう、笑いのツボでも入ってしまったのか、地面に膝をついて、地面を大いに叩きながら、最終的には涙を流して笑い続けるインに、俺はなんとも……本当に何とも言えない気持ちになってしまった。
子供は本当に正直だ。正直すぎて、正直すぎる。
『イン、その性格。お前は本当に母さんソックリだよ』
俺の力ない呟きに、それまで凄い顔でインを見ていたオブがボソリと呟いた。
『良かったです。性格まで貴方に似なくて』
子供ってやつは!本当に正直な生き物だな!!!
———————-
『お前の息子は』
『あ?』
今日も今日とて俺は夜の散歩を楽しみつつ、いつもの場所でヨルに子守唄を聞かせてやっていた。
すると、珍しい事に、今日はヨルの方から俺に話しかけてきたではないか!
『インの事か?』
『……あれはどうにかならないのか』
『どうにか、とは?』
俺は何も知りませんというように派手に肩をすくめてやる。
インがヨルに何をしたのかは知らないが、俺は別にインから悪い報告は受けていない。
ただ、最近ヨルが昼間の村にやって来ては、何か色々しているような事だけ、チラリとインや噂で聞いている。
どうやら、以前よりも大分話が前へと進んでいるようだ。ヨルの思うように話が進んでいるようで、何よりだ。
『あれでは、まるで子犬のようではないか』
『失礼な!インは俺の子だから、確かに人間な筈だが!?』
ヨルのまさかの言葉に、俺は衝撃を受けてしまった。まさかインはあのフワフワの毛玉の血を引いているとでも言うのだろうか!
『念のために言っておくが、本気で俺がそんな事を思っているとでも?』
『いいや!』
俺が舌を出して大岩の上に座るヨルを見上げると、ヨルは疲れた様子で手に持っていた酒に一口だけ口を付けた。
けれど、それもほんの一口だ。最近ではアレをまるまる1本飲み干す事も減ってきているように思える。
どうやら、アレが無くともヨルが眠れるようになる日も近そうである。
『あの子供は、警戒心がまるでない。あれは危ない』
『ああ!心配してくれているのか!大丈夫だ!インはお前の顔が好きだから、特別にそうなっているだけだ!』
———今日オブのお父さんがね!
———今日オブのお父さんとね!
———今日オブのお父さんはね!
イン、お前のお父さんは一体どこへ行ったんだ?お前の父親は旅にでも出てしまったのか?いいや、お前の傍にずっと居るのだが!
そう、俺は最近のインを思い出し、なんとも言えない気持ちになっている
『……顔』
『そうだ!あの子はお前の、その格好いい顔に魅せられ、突撃しているに過ぎん。インは野生本能の強い子だからな!誰彼構わずそんな事をするわけじゃないから安心しろ!それに!』
俺はインの隣に立つ、このヨルという男ソックリの子供を思い出して、思わず吹き出した。あのヨルそっくりの子供は、俺同様、インがヨルの話を目を輝かせてする時に、最早俺以上に鋭い目でインを見ている。
子供の癖に、いっちょ前に嫉妬心だけは大人顔負けだ。
あぁ!インが子犬ならば、オブは子狼だ。
『それに、あの子の隣には強い狼が居る。何かあったらアイツが助けてくれるさ』
『お前の家には、鳥やウサギの他に、狼まで飼っているのか』
『ぶはっ!狼はさすがに飼えんさ!なぁ、ヨル。狼はな?お前の家に居るんだぞ!』
『……また、訳の分からん事を』
ヨルの言葉を遠くに聞きながら、俺は細くなりつつある月に目をやった。あぁ、やっぱり夜は良い。素敵だ。
『もうすぐ、村が変わるぞ。村人の手で』
『そうか』
『お前は、』
『俺は、石のように動かんぞ』
『……そうだったな』
ヨルの方など見ずに、俺は答えた。
俺は変わり者だ。変わり者のスルーだ。
変わり者は皆と異なる事をするから、所以、変わり者なのだ。俺が“今”動けば、手を貸そうとしている村人まで“変わり者”になるだろう。それでは、ダメだ。
大人は“変わり者”を嫌う。嫌われる事を、嫌う。子供のように、好きなものを好きと言うだけの事が、大変難しくなる生き物なのだ。それが、大人だ。
『ヨル、大丈夫さ。きっと上手くいく』
逆に、俺が動かねば、動かない奴が“変わり者”になる。
つまり、そういう事だ。
『俺が石のように動かずとも、皆が馬車馬のように働いてくれるさ!』
『……この事業には、金が出る』
『ほう、そりゃあいいな』
『スルー』
『……俺は石のように動かないと誓った筈だぞ、ヨル』
俺は原っぱの上で細い月をぼんやりと眺めながら言った。
あーぁ、そんな面白そうな事なら、本当は俺がいの一番にやってみたかったのだが、まぁ仕方がない。
俺は毎日畑仕事に勤しむ事にしよう。大人は時として我慢も必要なのだ!
『……スルー』
『なんだ?ヨル』
『お前は大愚か、奇傑か、どちらなんだ』
ヨルの訳の分からない問いが俺に突きつけられる。また、コイツはそんなどうでもよさそうな事を考えているのか!
『前も言ったが、それは俺が決める事ではないぞ。お前が、決めていい事だ』
『……そう、か』
『さて、今日も俺の歌で、お前を寝かしつけてやろう。今日の歌は、あまり大きな声で歌う歌ではないからな。耳を澄ませて、しっかり聞くように』
ウソだ。別にそんな歌な訳ではない。ただ、今日は残念な気持ちがあるので、あまり元気に歌えそうにないだけだ。
俺だって四六時中元気で居られる訳ではないのだな。自分で自分の事が、今改めて分かったようだ。
『スルー』
『あぁ、もう!なんだ、早く歌わせろ!愛好者がこうも、役者の口を止めるな!』
『此処で歌え』
此処。
そう、ヨルに手をついて示されたのは、大岩の上。ヨルの隣だった。
あぁ、なんと横柄な愛好者なのだろうか!まったく、役者の舞台を決めてくる愛好者なんて、一体どこの世界にそんな奴が居ると言うんだ!
『ほら、早く来い』
『……まったく、なんて愛好者だ』
俺はやれやれと肩をすくめて見せつつ、けれど勢いよく原っぱを蹴ると、大岩の上へと飛び乗った。
まぁ、やはり舞台は高い所に限るという事だな!
———-きっと今は自由に空も飛べるはず
その日から、俺はヨルの隣で歌うようになった。