村が少しずつ変わってきている!
いや、嘘をついた!
まだ、村の中は何も変わっていない。変わったのは村人の方だ。
正しく言い直すならば、村人が少しずつ変わってきている!だ。
『この道は土砂でせき止められていて、今は通れない。が、ここが開通すれば、首都から帝国へと抜ける道としては最短になる』
『やはりそうか。しかし、ここが長い事使われていないのには、何か理由があるのだろう』
『あそこは疾風の時期になると、山が崩れて土砂がなだれ込む。だから、今まで使われてこなかった』
ふむふむ、何やらオポジットとヨルが、何やら面白そうな話をしている。
俺は地図真剣な目で見つめる二人の男を、更にジッと見つめていた。そんな俺がどこにいるのか。
もちろん、少し離れた木陰で、さながら闇夜に紛れ獲物を狙う野生動物のように息を顰めている。今日の俺は、ちょっと静かな方なのだ!
『ほうほう。あの道か』
あぁ、ちなみにオポジットは俺の幼馴染で、インの幼馴染でもあるフロムの父親だ。
まぁ、幼馴染とは言え、俺はオポジットの事は大嫌いだ!
なにせ、いつも俺の大切な家族である毛のモノ達を食おうとしてくる。子供の頃は、俺が皆に内緒で飼っていたフワフワの野兎を、幾度となくオポジットに食われてきた。
食った挙句、俺が文句を言おうものなら、俺をボコボコにしてくるおまけ付きだ!
野蛮人め!だから俺はオポジットが大嫌いだ!
まぁ、野蛮なオポジットの事などはどうでも良い。
そう、オポジットの周りには他の若い村人達や、その子供達がワラワラと集まっている。皆が話し合っているのは、これから取り掛かるこの村と、その近辺の街道の整備計画だ!
あぁ、本当になんて楽し気な事を話しているのだろう!
そして、その集団の中には、俺の息子であるインも居る。
『かっこいいなぁ』
その目はキラキラと輝き、常にヨルの方を見上げているのが、たまらなく可愛い。
『…………』
けれど、その目を父親である俺に向けていたなら、もっと可愛いんだぞ!イン!俺の次くらいにな!
そして、そんなお前の隣で獣が殺気立ったような目を向けているオブにも、そろそろ気付いてやれ!
『そうか。それなら、まずは山肌の整備から必要だな』
『迂回した方がよくないか』
『迂回はダメだ。それだと今と変わらない。交易において最も商人が嫌うのは、郵税だ。ともかく移送に時間が掛かれば、それに伴い人や物全てに上乗せせねばならなくなるからな。そうなれば、この村の特産品であるレイゾンの売値が削られる事になる。この村のレイゾンの品質は高いにも関わらず、安く買い叩かれているのはそのせいだ。問題は多いが、一つずつ解消していくしかないだろう』
『その為に、まず山肌の整備からか?先の長い話だな』
『……目先の事だけ見るな。長い目で見ろ。お前らの子らが貧しい生活を強いられぬようにするには、この村の優れた立地と、それによって生み出される優れたレイゾンは最終的に、この村を豊かにするぞ。お前らの造るモノは、首都で売り出されているどのレイゾンよりも品質が良い事に誇りを持て』
『そ、そうか』
あぁ、なんて楽しそうなんだ!オポジットや他の若い村人たちも、ヨルを中心に目を輝かせている。
いいなぁ!俺はこういうのが好きなんだ!良い物は良くて、その良いものの為に、皆が一丸になるって素晴らしいじゃないか!
そして、それをやっているのが、あのヨルだ。最初は村の誰からも嫌われて、誰も取り合ってくれていなかったのに、今では皆の中心に居る。オブもそうだったが、あの親子は本当に凄い奴らだ。
『すばらしい!』
俺は腕に抱きかかえていた野兎をそっと撫でると、皆の方から背を向けて歩き出した。
今日はこの子を森へ返す日だ。親とはぐれて怪我をしていたのだが、それも十分良くなった。この子は今日から森に帰り、きっと森の覇者になるに違いない!
『あ!おとーさんだ!』
『ん』
背を向けて歩き出した俺に、インの声がとびかかる。とびかかってきた声は、父親である俺の足を自然と止めてしまった。
いやはや。見つかる訳にはいかなかったのだが。
『お父さん!こっち来なよ!オブのお父さん格好良いよ!』
『インのとーちゃんだ!』
『スルーだ!』
『変わり者だ!』
『げ』
各々俺の事を好き勝手呼びながら、子供達が大勢こちらに向かって駆けてくる。
『おお!我が息子インに、村の未来を背負って立つ子供達よ!元気そうでなによりなにより!』
それはさておき!最後の『げ』は一体誰だ!あぁ、分かっているオブだ。
オブは俺が最初に、自分を大人になったインだと嘘をついて初対面してきた時からこの調子だ。まったくいつまで根に持つ気だ!
俺はもう少し大人達から距離を取るべく、一度止めた足をすぐさま動かした。
『ねぇ、お父さんは一緒にお話ししないの?オブのお父さん格好いいよ?オレが紹介してあげるからおいでよ!』
『イン、隣の子狼がお前に噛みついてくる前に、その発言を慎め』
『ん?』
『スルーさん余計な事言わないで』
『おっと、怖い怖い』
俺が歩けば子供達も歩く。
いや、俺がいくら人気者だからと言って、これは歩きにくい。俺は早いところこの野兎を野生の王にする為に、森へと行かねばらならいのに!
『インのとーちゃん!うちの親父が呼んでる!』
『ああ!聞こえている。聞こえているが、敢えて無視をしてるんだ。フロム。お前余計な事を言うな』
『変わり者が兎持ってる!』
『食べるの!?』
『食べないと言っているだろうが!?お前らこんな可愛い子をよくも食べるだなんだと……』
そう、周りの子供達から野兎を守るべく兎を持つ両手を頭の上へと高く上げた時だ。
『おいっ!スルー!お前も手伝え!?若い男手が要るんだ!お前も少しは役に立て!』
こちらに向かってズンズンとオポジットが地図を片手に向かってきている。このままでは、またしても俺の可愛い野兎が食われてしまう!
『……子供達よ、どけ!俺は行かねばならない!』
『なんでー?』
『なぁ!親父が待てっていってるだろ!』
『ねぇ、オブのお父さん格好良いよ!』
『…………』
けれど、どうしても纏わりついて来る可愛い子供達。いや、本当は大人としてここは共に遊んでやりたいのだが、今はそうもいかないのだ。
『スルー!こっちに来い!来なけりゃ、お前の家の兎は全部俺が食ってやろうか!?』
『っく、来るな!野蛮なオポジットめ!』
『あ゛ぁ!?なんだと!この変人が!』
悪魔だ!悪魔が来る!そして、悪魔の後ろではヨルまでもが此方に近づいて来るではないか!これはいけない!
ここは逃げなければ!
『子供達よ!俺との別れは辛いだろうが、また戻ってくる!じゃあな!』
俺は頭の上に野兎を持ち上げたまま、必死に足を前へと動かした。きっと、こんな速さで、こんな高さを駆けた兎なんて、この子位なものだろう!
やはり、この子は森の王になる運命に違いない!
『あははっ!楽しいなぁ!』
そう、笑いながら走る俺を見て、村の年寄り達がヒソヒソと何か言っている。この村は変わる!変わっていく!けれど、それはまだまだ初めの小さな一歩を踏み出したばかりだ。
『がんばれ!がんばれ!』
ヨル!がんばれ!
きっとやり遂げた時、お前の中に存在する“意味のある者達”は、きっとお前に惜しみない賞賛を送るだろう!そしたら、お前はきっと自分を好きになる筈だ!
『お前も、これから一人……いや、一匹だけど、頑張れ!きっと良い仲間に会えるぞ!』
俺はフワフワの、家族だった野兎に頬を寄せると一気に森へと駆け出した。
——————
『今日のアレはなんだ』
『ん?』
俺は大岩の上で1曲歌い終わった瞬間、隣に座るヨルから問いかけられた言葉に『はて?』と首を傾げた。
アレとは一体何の事だろうか。あれ、あれ。
『あぁ!あの野兎は、未来の森の王だ!』
『……スルー。お前、自分で勝手に頭の中で考えた事を、結果だけ口にするのは如何なものかと思うぞ』
『ん?』
ヨルが何を言いたいのかサッパリわからん!
俺は大岩の上から、大きく丸く輝く月を見上げながら、あの野兎は元気かなとぼんやりと考えた。まぁ、王は無理でも、ともかく生き延びて欲しいものだ。
『それは、お前の悪い癖だ。だから、お前は変人だの酔狂人だのと言われる』
『別にそんな事、今更構わないが?』
『……はぁ』
何故ここで溜息を吐く!
俺は自身の服にくっついていた白い毛に気付くと、ソレを指で掴み取った。これはあの子の毛だ。
自分で森へ返したにも関わらず、今日、家に帰ってあの子が居ないのが妙に悲しかったので、この毛を見てもむしょうに寂しさが募る。やはり、森に帰さずに家族のままで居ればよかっただろうか。
『あと、俺が聞いたのは、あの野兎の事ではない。どうせ、あの野兎はお前の次に可愛いという、お前の家族だったモノだろう』
『…………っ!!』
そう、なんともなしに野兎を“家族”と口にしたヨルに、俺は大きな衝撃を受けた。そんな事を言ってくれた大人は、ヨルが初めてだったからだ。
それに、俺が以前ちょっとだけ話した野兎の事も、ちゃんと覚えてくれている。
『そう、そうなんだ!ヨル!お前はよく覚えているな!よく分かっているな!』
『っな、なんだ。急に』
『お前は本当に素晴らしいな!さすが俺の愛好者だ!あの子はそう!俺の家族だった!今日、森の王にすべく返してやった!俺の次に可愛い俺の家族!』
他人からあの子を家族と言って貰えた事が、こんなに嬉しいとは思わなかった。
否、分かって貰えたのが、理解してもらえるというのは、こんなに嬉しい事なのか!
『ヨル!ヨル!ヨル!お前は、とても!素敵だ!』
『っ!!』
俺は心が動くまま、そう、子供のようにヨルを抱き締めた。それこそ、インがいつもオブにしているように。オブがインにしているように。
心のままに相手に好意を伝える方法以外に、俺は今のこの気持ちの発散の仕方が分からなかったのだ。
『お、おい』
『あぁ!素晴らしい!最高だ!素敵だ!今日は良い日だ!』
俺の腕の中で、体をこわばらせるヨルに、俺は更に力を込めて抱きしめてやった。あぁ、こいつは誰かに抱きしめられた事が殆どないのか!
分かる!こいつは抱きしめられ方が、てんで下手くそだからだ!
『よしよし!わかったぞ!』
『な、何が、だ』
そうだそうだ!
きっとヨルが怖がりで頼りないヨルで、周りの目ばかり気にしてしまうのは、きっとヨルが誰からも“抱きしめて”貰えてこなかったからだ。
オブが一人ぼっちから、あんな風に子供達の中心になれるようになったのも、きっとインが抱きしめられ方を教えてやったからに違いない。
『よし!わかった!今日から毎日、毎晩、俺がヨルを抱き締めてやろう!そうしよう!』
『……お前、さっきの俺の話を聞いていたか』
『ん?』
『……はぁ、もういい』
———勝手にしろ。
そう、言って少しだけ俺の腕の中で力を抜いたヨルに、俺は『上手くなってきたじゃないか!』と褒めてやった。
まったく、抱きしめられるのが下手な奴なんて聞いた事がない!
これから俺が毎日特訓して鍛えてやらねば!
俺は居なくなった野兎を想いながら、ヨルの背を優しく撫でてやった。
番外編【金持ち父さん、貧乏父さん】続く