9:あにき

 

   ○

 

 

「テメェ、朝倉ぁ!やっと出てきたと思ったらいきなり派手にやってくれたなぁ!あ゛ぁ!?」

 

「お前が先に俺達に手をだした……俺はそう聞いているんだが?」

 

そこには、俺が予想したよりもたくさんの人間達が居た。

そして、人間達は二つのグループに分かれて、そして睨み合っている。

そのどちらのグループにも、明らかに大将だと思われる人間が、一歩前に出ている。

一方が髪の真っ赤な男の率いる集団、そしてもう一方が。

 

『っあ!』

 

しろだ。

そう、俺は思わずその場に立ち止まった。

赤の集団の前に立ちはだかるのは、先程まで一緒にごはんを食べようとしていたしろ。

俺は人間の顔の違いというものを見分けるのが苦手だ。

しかし、髪の毛の真っ白なその珍しい姿を、見間違える筈もない。

それに、匂いも、声も、そのどれを取ってもしろだ。

 

しろは学校へ行った筈だ。

だとしたら、ここが学校なのだろうか。

そう、俺がぼんやりと立ち止まっていると『ぶっ殺せぇぇぇぇ!!』というボスの叫び声がすぐ後ろから聞こえて来た。

 

あぁ、俺は一体なにをしているのだろう。

 

俺は睨みあう人間達の間へ走り込んだ。

そうしなければ、俺の首根っこがぼすのカギヅメで引っかかれてしまう。

 

「にゃぁぁああああああ!」

「っ!?」

「っは!?」

 

突然、大声を上げながら飛び出した俺の姿に、アカ(毛の赤い方)もシロも俺の方を驚いた表情で見ている。特にしろなんかは思わず「キジトラ…?」と口走ってしまっているほどだ。

しかし、俺にはしろにかまっている暇はない。

とりあえず、ボスから逃げなければならない。

 

そう思った時には遅かった。

 

『ぶっ殺す!!』

 

俺は背中に激しい痛みを覚えていた。

ぼすのカギズメが俺の背中を引っ掻いたのだろう。

見ずとも分かる。

 

背中が熱い、痛い、ズキズキする。

 

ぼすの他にもたくさんの猫が追って来ている。

けれど、先程のぼすからの攻撃のせいで俺は見事に体制を崩してしまった。

きっと次の瞬間には、もっとたくさんの爪が俺の体を切り裂くのだろう。

 

『いだい……』

 

変な猫になったあの日。

俺はあの日以来初となる、2度目の死を感じた

 

筈だった。

 

 

しかし、俺の体は何故か痛みではなく奇妙な浮遊感を感じていた。

誰かに、俺は抱えられていた。

一瞬、俺はその腕の主をしろだと思った。

だが、鼻孔をくすぐるそれはしろの匂いではなかった。

俺は痛みと覚悟で閉じていた目を開けた。

 

「…………っ」

「にゃ……にゃあ?」

 

俺の目の前にはシロではなくアカが見えた。

シロに相対していた赤の毛を持つ人間。

それが、何故だか俺を抱きかかえていた。

 

下の方からは警戒するようなボスや他の猫達の声。

 

『……いだい、いだい』

 

ズキズキと痛む背中からは、おびただしい血が流れているようだった。

俺はアカの人間の手の中でぼんやりと意識が薄れるのを感じた。

アカの人間の腕の中で、視界の端に映るのは驚いたような顔でこちらを見つめるしろの姿。

その瞬間、俺は支配されていた痛みの感情から少しだけ抜けだした。

 

しかし、意識は次第に薄れて行く。

 

『ふれんち、とーすと』

 

明日、食べさせてくれると約束した。

美味しいらしい、それ。

俺は視界の端に映るしろの姿に、まだ見ぬふれんちとーすとに想いを馳せながら意識を手放した。

 

だから俺は知らない。

アカが俺を抱きかかえたまま他の猫を蹴散らした事を。

「あにき」なんて、懐かしい呼び名を口にされていた事を。

 

俺は知らない。