20:おいしいごはんのできあがり

「……にゃっ」

 

 

何か入れた!

ますたーがグツグツ湯気の立つ入れモノの中に、まるくて肌色のモノを入れた。

あれは何だろう。後でアカに聞いてみよう。

俺がそんな事を考えていると、ますたーはもう次の動きに入っていた。

あんなに狭い場所で、どうしてあんなにきびきび動けるのだろう。

もう見なくてもどこに何があるのか分かっているのか、ますたーの動きは常に二つ以上の動きが伴っている。

俺の体が更に前のめりになる。

 

「おい、猫。わかるか。今からサーモンを炒めんぞ。猫は魚好きだろ」

 

ますたーはハッキリと俺を見ながらそう言った。

さーもんとは何だろう。

そう俺が首を傾げた時、ますたーはさっき四角にして白いものを振ったシャケをまた別の火にかかった、こちらは平べったい入れモノに入れた。

と、言う事はサーモンとはシャケの事らしい。

 

じゅううううう。

 

平べったい入れモノの上でサーモンがジュウジュウと良い音を立て始めた。

その瞬間、とても良い臭いが俺の鼻をヒクヒクさせる。

 

「にゃあ、にゃあ、にゃあ」

 

良い臭いだ。こんな匂いを嗅いでしまったらもっとお腹がすくではないか。

俺がますたーの顔を見て思わず鳴きまくってしまった。

そんな俺にますたーは「ははっ」と声を上げて笑う。笑っている場合ではない、ますたー。

早くしないと俺のお腹がぺたんこになってしまう。

早く、早く、早く。

 

そう、俺は前のめりになった体の後で尻尾がいつも以上にピンとなっている事に気付いていなかった。

 

「よし、良い具合に焼けたな。次はソラマメだ。お前、ソラマメ食えるか?」

「にゃあ」

 

食べれるとも。

俺に食べられないものはない。人間の作ったものはなんでも美味しいから好きだ。

いつの間にか俺に向かって普通に語りかけてくるようになったますたーに元気よく返事をした。人間には俺の言葉はわからないだろう。

 

しかし、人間は俺の様子を見て俺の言っている事を意外にも理解してくれたりする。

 

「へぇ、ソラマメも好きか。そりゃよかった」

「にー」

 

こんな風に。

俺は更に進んでいく目の前の食べ物の変化の数々に腹の毛のぶわぶわが止まらないでいた。

だって、ますたーの手元は本当にめまぐるしいのだ。

先程までサーモンを焼いていた入れモノの中で、今度はソラマメ同時に焼き始めた。

そして、その隣でぐつぐつさせていたお湯をサーモンとソラマメの入った入れモノの中に少しだけ入れる。

今では平べったい入れモノの方にはフタがしてあって、中がどうなっているのかわからない。

 

「にゃああああ」

 

わくわくだ。

ますたーはその後もくるくる動き回って、俺にこれは何か、これはこうするんだと説明してくれながら手を動かし続けた。

目が回りそうだ。けど、見ていて楽しい。

お腹もぺこぺこである。

 

「よし、これで仕上げだ」

 

そう言って、最後の仕上げにかかったマスターを見て俺は改めて思った。

人間の手は凄いと。

人間は二本の足で立てるから、こうして自由に使える2本の手というのがあるのだ。

俺達猫は4本とも全部足だ。

だから、2本足の人間より4本足の俺達の方が早く走る事ができる。

けれど、あぁやって細かく切ったり振りかけたりまぜたり摘んだり。

そういう事は俺達にはできない。

 

『凄いなぁ。ますたーは凄いなぁ。人間は凄いなぁ』

 

そんな風に俺が心底人間という生き物に感心していると、いつの間にか店の中に良い臭いが立ち込めていた。

ますたーが今までその手で形を変えたり動かしたりしてきたものが一つの平べったいお皿に注がれたようだ。

 

「ほれ、サーモンとソラマメのクリームペンネだ」

「にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ」

 

良い匂い。おいしそう。食べたい、食べたい。

 

俺はますたーの持つお皿を見ながら急いで元の椅子の上に座った。

更に、背筋をピンとして皿を待ち構える。

お行儀よくしないと人間はごはんをくれない。

お行儀が悪いのは汚いのと同じくらい駄目なことなのだ。

 

「ほんっと、コイツ人間の言葉が分かってんじゃねぇかってくらい行動速いな」

『ますたー!はやく!はやく!』

 

そう、俺は必死にますたーに語りかけたが、ますたーは一向に皿を俺の方に置いてくれない。

なんで、なんでですか、ますたー。

それは俺のごはんじゃないのですか。

 

「おい、安武。一応、塩分少なめで味も薄めにしといたし、猫でも食べやすいようにペンネにした。けどなぁ、それでもこれは猫にはやっちゃいかん食べ物だと俺は思う。本当にお前の“兄貴”にこれをやってもいいのか」

「………」

 

ますたーの言葉に、それまで黙っていたアカがチラリと俺の方を見て来る。

なにを戸惑っているんだ。

ここまで来てこのごはんを食べれないなんて、そんなの死ぬより苦しいではないか。

 

『いいよ!俺、変な猫だから!死なない猫だ!人間のごはんだってずっと食べて来たんだ!アカ!あれは俺のごはん!そうだろ!』

 

そう、畳みかけるようにアカに叫ぶとアカはしばらく考え込むように頭を抱えた。

何を悩んでいるんだ、アカは。何を気にしているんだ。

 

「兄貴、体こわしたりしませよね……?」

『こわさない!俺がいつから人間の食べ物を食べて生きてると思ってるんだ!俺は元気だ!だーかーら!』

 

心配そうな顔で俺を見て来るアカに俺は思い切り尻尾をぶつけてやった。

すると、アカはやっと納得したように一呼吸置いてますたーに声をかけた。

 

「大丈夫っす。兄貴はスゲェ猫なんで」

「そのわけわけんねぇ根拠はどこから来たよ、まったく」

 

そう、ますたーは溜息を吐くと持っていた皿を俺の席の前へと置いた。

ふわりと白い湯気が俺の髭を揺らす。

今まで嗅いだ事の無い匂いが俺の鼻の中に湯気と共に入り込んでくる。

 

さーもんとそらまめのくりーむぺんね。

白くて、とろりとしたソレは今まで見た事のない食べ物だった。

けれど、これが絶対においしい事は食べた事がなくてもわかる。