『(おいしそう!)』
俺は湯気の立つソレにそっと舌を這わせた。
「ぴっ」
熱い、けど美味しい!
俺はその瞬間から腹の毛がふわりとなるような、冬の寒い日にしろの寝どこで一緒に寝た時のような、ふわふわふわーっとした気持ちになった。
さーもんとそらまめのくりーむぺんね。
もう二度と忘れないだろう、その名前は。
そうやってそっと、しかし止まる事なく史上最強の朝ごはんに俺が喉を鳴らして居る時、その隣ではアカが同じく幸せそうな顔で俺の方を見ているようだった。
更に、その隣では金ピカやべちゃべちゃ達がますたーに向かって話しかけている。
「それにしてもさー、マスター。途中でマスターまで猫ちゃんに話しかけてるの見た時は俺もびっくりしたんだけどー。マスターもムツゴロウさんになっちゃうわけ?」
「料理の説明なんかして、見ててウケたぜー」
「まぁ……なんつーの?この猫の目見てると、なんか話しかけたくなるっつーか。まぁ、あれだ。安武の気持も、わかんなくねぇっつーか。コイツ、ほんとに俺の言葉がわかってるみたいに頷いたりしてくるからさ」
そう言って、どこか照れたように笑いますたーの声に、俺はごはんを食べおえたら絶対に「ありがとう」を言わなければと心に誓った。
けれど、今はごはんの時。
それに、隣でずーっと「どうっすか?おいしいっすか?兄貴」と話しかけてくるアカへの返事も、全てその時である。
『おいしかったー。おいしかったー。ますたーおいしかったー』
俺は皿に盛られていたさーもんとそらまめのくりーむぺんねを全て食べ終えると、喉をグルグル鳴らしながらますたーにお礼を言った。
そんな俺に、ますたーはどこか信じられないような顔で空になった皿を見つめている。
その皿には一筋のクリームすらも残ってはいない。
何故なら俺がお皿を最後の最後まで、これでもかというくらいペロペロしたからだ。
「コイツ……マジで一人前食べやがった……」
食べるとも。
こんなに美味しいモノを残すわけがない。
俺は尻尾をヒラヒラ左右に揺らすともう頭を下げながら一度大きな声で鳴いた。
『ますたー。ありがとうございます。また次もお願いします』
「マスター、猫ちゃんに頭下げられてる!」
「スゲェ!兄貴が頭下げてる!かわいいな、おい!」
俺はお礼を言い終わるとひたすら口の周りをぺろぺろ舐めた。
けっこう口の周りにも、あの白いのがついている。
舐めると、あの美味しかった味がして少しだけうれしい。
『アカー、ますたーのご飯おいしかった。また食べたい』
「良かったっす!これでもうアイツの所には行かなくていいっすね!」
『ん?あいつとは?』
俺がぺろぺろしながらアカに尋ねると、アカは今まで浮かべていた笑顔を一気に消して、あの狩りを前にした時の険しい顔になった。
「朝倉ですよ!朝倉海道!あのクソ野郎っす!」
『しろ?なんで?しろからまたはご飯もらうぞ?約束したからな』
「だぁぁぁぁ!マスターの飯でも駄目っすか!?なんで!?なんでっすか兄貴!」
そう言って昨日同様に机をダンダン叩き始めたアカの姿に、俺は首を傾げた。
いくらますたーのご飯がおいしくとも、それはしろとは関係ないのにどうしてこうアカは俺がしろの所に行くのを嫌がるのだろう。
「なぁ?安武ぇ、猫ちゃんとのおしゃべり中悪いんだけど、昨日お前が喧嘩フケてからの話していいー?丁度、朝倉の話も出てるみたいだし」
「……っなんだよ?朝倉のクソがどうした?死んだか?ちゃんとぶっ殺しといたか?」
『なに!しろは死んだのか!?』
「いやいや、お前抜きで朝倉はきついってー。分かってる癖にそういう無理難題ぶっかけてくんの止めてくんなーい?」
「ったく、マジでテメェら何の役にも立たねぇクソだな!?そこはぶっ殺せよ!?完膚なきまでにボコボコにしてやれよ!?」
そんな事したら俺がしろからごはんを貰えなくなるじゃないか。
頭を抱えたまま叫ぶアカの言葉に、俺は昨日から続いていた疑問に再度ぶち当たった。
どうして、アカはこんなにシロの事を嫌っているのだろうか。
そういえば、昨日もアカとしろは向かい合っていた。
あれは何だったのだろう。
「それがさ、お前がその兄貴を連れてフケた後、朝倉のヤツもすぐにどっかいっちまってさぁ。結局、なんか俺達も萎えちまって、桜台のヤツらとはやり合わずにお互い帰りましたっつーオチだよ」
「はぁ?あっそ。まぁどうでもいいわ。今は桜台のカス連中なんかマジでどうでもいいから。俺は朝倉のヤツをぶっ殺してぇんだよ、マジで」
「そりゃいつもそうだったじゃん」
「更にぶっ殺してぇ気分なんだよ。アイツ、マジで殺す。今度会ったら即行殺す」
ころす、ころす、ころす。
そう言ってしかめっ面になりながら歯をギリギリ言わせるアカの様子は、俺に向かって『ぶっ殺してやる!』と俺を追い掛けてくるぼすそっくりだった。
そう言えば俺は今、ぼすの縄張りである味坂商店街に居るのだが、帰りはどうしようか。
もうあのばいくには乗りたくないし。
あぁ、ごはんがおいしすぎて忘れていたが、とても面倒だ。
『なぁ、なぁ。アカー』
「っはい!何でしょう兄貴!」
俺は金ピカやべちゃべちゃの方を見て喋るアカの前へ歩いた。
もちろん、テーブルの上を歩いてだ。
そうしなければ俺とアカは目線が合わない。
俺は、先程までの殺気を嘘のように仕舞い込んだアカの前で尻尾をピンと立てると「にゃあああ」と鳴いた。