22:にんげんのなわばりあらそい

『アカはどうしてしろと仲悪いんだ?しろは美味しいのをくれるのに。なんでぶっ殺すんだ?』

「……それは、兄貴が」

『俺が、わるい?』

「いやっ!ちがくて!つーか、元々俺と朝倉は死ぬほど仲悪いんすよ!1年の時からずっと!」

『なんでー?』

 

俺は少しだけアカの方に身を乗り出して聞いてみた。

それは、なんとなくアカのこれから言う答えで少しでもぼすが俺を嫌う理由の一端が分かるのではないかと考えたからだ。

 

俺はぼすが子供の頃から思っていた事がある。

彼はとてもアカに良く似ているのである。

もちろん、外見じゃない。

狩りが好きで何でも一直線な、この熱い性格だ。

 

「もともと学校同士が仲悪いっつーのが大きいんすよ。代々仲悪いし。それに、あいつらにここら辺のさばられるのも気に食わねぇっつーか。ともかくムカツクんすよ、桜台の奴らは」

 

そう、どこか絞り出すように声を出すアカに俺はフンと鼻を鳴らした。

“学校”というのは、よくしろも口にする言葉だ。

今のこのアカの口ぶりからすると、学校というのは人間の“群れ”と考えていいのかもしれない。

その群れ同士が仲が元々良くない。

つまり、アカやしろも互いの群れ同士で縄張り争いをしているという事だろう。

 

『人間も俺達のように縄張り争いをするんだな』

 

そう、俺が呟くように言うとアカはしばらく考え込みながら「んんんー」と唸っていた。

 

「縄張り争い……まぁ確かにそんなとこっすね。とくにこの味坂商店街は丁度、朝倉の桜台と俺達筑紫の中間地点っすから、いろいろ問題が起こるんすよ」

 

なんという事だろう。

それではまるで、今の俺とぼすの状況と同じではないか。

いや、しかしぼすは群れを作っているが俺は一匹なので、正直アカやしろのように対等な立場とは言い難いだろう。

 

圧倒的に俺が不利な状態だ。

と、そこまで俺が考えた時、アカがぽつりと言葉を漏らした。

 

「まぁ、学校同士が仲悪かろうが仲良かろうが、俺はアイツの事は元々嫌だったけど」

『アイツ?しろ?きらい?なんで?』

「アイツの目が気にくわねぇんっす。やる気ねぇみたいな目して、知らん顔で余裕ぶって。そういうアイツの他人事みてぇなやる気のなさが俺は死ぬほど嫌いなんすよ。どっから見てもの言ってやがんだ、クソ!って感じです」

「………にー」

 

アカの言葉に俺は思わず鳴いてしまった。

無意味に。

何の意図も伝える言葉もなく。

 

なんとなく、鳴かずにはおれなかった。

何故なら、その、アカ本人も上手く言葉に言えないその気持ちこそ、ぼすが俺を徹底的に嫌い縄張りから追い出そうとする理由と重なるような気がしたからだ。

俺はそんなつもりはないんだよー、といくら声を大にして鳴いても、それはぼすには伝わらない。

 

「にー……」

 

ままならない。

本当に、猫も時にままならない事はあるものだ。

こんなの人間のようではないか。

しかし、今回は余り嬉しくない。

ままなるに越した事はない。

そう、俺が無意味に「にーにー」鳴いているとアカの隣に座っていた金ピカが俺の頭を撫でようと手を伸ばしてきた。

そして、ゴシゴシと頭を擦するように撫でてくる。

金ピカに撫でられるのは初めてだが、こいつは猫の撫で方と言うのをまるでわかっていない。

下手クソだ。

 

「なになに、本気で会話してんの?猫ちゃんに、俺達の現状報告中?それとも相談?」

「にいいい」

 

ニヤニヤ笑いながら俺を撫でる金ピカは本当に撫でるのが下手だ。

どうしたらこんなに撫でるのが下手になれるんだ、まったく。

 

「テメェにゃ関係ねぇだろうが。黙れ。……俺も兄貴くらい圧倒的な力があれば桜台も味坂商店街も一発なんすけどねぇ」

 

そう、しみじみと俺を見ながら俺を撫でる金ピカの手を叩き落とすアカの言葉に俺は耳がピンとするのを感じた。

アカは何か勘違いをしていないだろうか。

過去に囚われた大きな勘違いを。

 

「なになに?兄貴はここら辺の猫のトップなん?」

「にしては昨日は大勢の猫におっかけられてたよねぇ」

「え、下剋上?下剋上?」

 

げこくじょうとはどう言う意味だろう。

そんな気持ちで俺がアカの顔を見上げると、アカはその長い足で勢いよくべちゃべちゃと金ピカを蹴りあげていた。

まったく、アカはすぐに攻撃する。

昔から全然変わってないじゃないか。

 

「テメェらマジでぶっ殺すぞ!兄貴はなぁ、ここら一帯を縄張りに治める猫だぞ!テメェらみてぇな中途半端な位置に治まってる馬鹿と一緒にしてんじゃねぇ!死ね!」

「ってぇぇぇぇぇ!!本気で蹴りやがったコイツ!」

「ったぁぁぁぁぁ!!なんなのこのムツゴロウさん!」

 

そう言って椅子から落ちてのたうちまわる金ピカとべちゃべちゃを、アカは「馬鹿が!」と見下しながら舌打ちをしている。

しかし、先程のアカの言葉で俺はハッキリ確信する事ができた。

 

アカは勘違いをしている。

と、いうかアカには確かに知りようもない事だ。

アカがまだ生きていたあの遠い昔は、まだ俺も縄張りの主のとしてこの土地の猫の一番上に立っていたのだから。

だから、アカが知らなくても無理はない。

 

俺が、

 

『アカ、俺はもう縄張りの主じゃないぞ』

 

もう、縄張りも持たぬただの“変な猫”と言う事を。