幕間:約束の時

 

「やぁ、よく生きて此処に来てくれたね」

———アウト。

 

 そう言って暗くなった広場で、俺を出迎えてくれたのは、いつものように暖かな春に吹く風のような笑みを浮かべたヴァイスだった。

 

「まぁ、僕は生きてキミが此処に来るって信じてたけどね!」

「まったく。何が信じてた、だよ。俺が時計台から落ちて死ぬって本気で思ってた癖に」

 

 俺達はそう、軽口を叩き合いながら互いに近寄って行った。ヴァイスのキラキラした瞳が、俺の姿を映す。クスクスと笑い合う俺達は、きっとこれからとても長い長い話をする事になるのだろう。

 

 否、俺が話を聞く事になるのだろう。

 

「さぁ、ここまで多くの輪の記憶が混ざりあったにも関わらず、自我を保ち続けた人間はキミが初めてさ。これで君は、僕の最高の、一番のお気に入りになった。だから――」

———-僕は、キミの願いを叶える為の方法を、教えようじゃないか。

 

 そう言って差し出されたヴァイスの手を、俺は迷う事なく取った。

 

「さぁ、お立合いお立合い!これから僕が話すのは、この世界と君たち生命のマナの流れにまつわるお話だよ!きっと人間には理解できないかもしれない!けれど、最後まで聞いてごらん!そしたら、きっと最後にはキミの望みを叶える方法に辿り着けるからね!」

 

 

 そう言ったヴァイスの背には、大きな満月が明々と夜を照らしていた。

 

 

 

 

         ●

 

 

 

きみとぼくの冒険。第8巻。第2章。

 

 

【あいたい!】

 

 

 

『あぁっ!なんてこと!』

 

 おそかった。

 私がもう少し早く、月の王子様のこと、大人国の王様の事を知っていれば。

 

 私は、暗い夜の牢屋の中でスヤスヤと眠りに落ちてしまった、あの子の姿を見て、とても悲しくなってしまいました。

 なにせ、ぐっすりと眠っているあの子のほっぺたは、たくさん泣いたのでしょう。涙の跡がたくさん、たくさん付いていたのですから。

 

 これまで、いろんな所を、いろんな国をこの子と冒険してきた。

 けれど、この子はこの夢の世界で、眠りについてしまった。

 

 この夢の世界で最もやってはいけないのは“ねむりにつく”こと。夢の中で寝てしまったら、またその先でも夢を見て、一体どこが本当の世界だか分からなくなってしまうから。

 だから、私はこの子の夢の案内人として、この子が決して眠りにつかないように、しっかりと見ていなくちゃいけなかったのに!

 

『ねぇ、おきて』

 

 私の隣では、大人の姿をした月の王子様。いや、大人国の王様が、不思議そうな顔で、この子の肩をゆすります。

 けれど、どんなに呼んでもゆすっても、もうこの子は起きないのです。

 

 だって子供は眠ると夢を見るから。

 もしかしたら、今はもう夢の中で楽しい夢を見ているのかも。

 

『ねぇ、おきてよ。ねぇ、もうすぐ生誕の日だって言ってたじゃないか。キミが大人になったら星のお酒を上げるつもりだったんだ。はやく、大人になって欲しかっただけなんだ』

『王様。もう、この子は起きません。えいえんに子供のまま、ねむりつづけるのです』

 

 王様はこの子に、星のお酒を上げたかった。

 でも、お酒は大人しか飲めないから。

 

 この大人国の夜の牢屋に閉じ込めた。此処に居れば、子供はすぐに大人になるから。

 けれど、この子は“この世界”の子ではない。

 

 ねむってしまったら、おわりだったのに。

 

『おきて、おきて。ひとりにしないで。さみしいよ。さみしいよ』

『王子様』

 

 いつのまにか、大人の姿だった筈の王様が、子供の王子様の姿に戻っています。

 目からはポロポロと涙を零して『おきて、おきて』と、その子の体をゆするのです。

 

『あいたいよ、あいたいよ』

——–また、お話をしようよ。

 

 

 王子様の、かなしいこえが、ずっと、ずっと牢屋の中に響きました。