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「っ!」
呼吸が止まるような感覚と共に、俺は目を覚ましていた。
どうやら、俺は随分と長い間、眠っていたらしい。
「……今は、何時だ」
ここは地下だから、外の暗さを感じる事は出来ない。
けれど、地下室内にかけてある時計に目をやれば、それは最早あと少しで、空が白み始めるような時間を指していた。
「久々に、こんなに長い時間、会えたな」
まるで、長い長い夢を見ていたような感覚だ。暖かくて、幸せで、そして地獄のような。そんな、長い夢を。
「イン」
様々な願いを込め、呟かれる、その名。もう呪いのように俺自身を縛る。
けれど、俺は縛られなければならない。自ら進んで、俺はインに縛られている。
「……また、文字が変わっているな」
手元には、突然教会地下で発見された禁書庫の、とある1冊の本がある。
俺はその解読の途中で、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「けど。あと、もう少し」
俺は周囲に誰も居ない事を確認すると、その1冊の本を片手にゴロリと床に寝転がった。行儀が悪い事この上ない。こんな状態で解読など。こんな姿、教会の誰に見せられよう。
他の解読班の班員は帰らせた。あと解読の残っているのはこの本だけ。
そして、この本の解読が出来るのは、もう俺しかいない。
「ここも、あと数日という所か」
俺は地下室内に充満するマナの濃度を肌で感じ、その終わりをひしひしと感じた。
一週間前、急に教会地下室に現れたこの禁書庫。
そこには世界各地に点在する禁書庫同様、数十冊の本の並ぶ本棚が突然現れた。
そして、しばらくすると何事もなかったかのように、その姿を消すのだ。
これが、俺達が“禁書庫”と仰々しく呼ぶモノの正体だ。
「誰が最初にこんな呼び名を考えたのか……」
“禁書庫”というのは、ただの呼び名で、別に本を大量に要した書庫がある訳ではない。
この禁書庫の発生起源は不明。けれど、世界各地で時折、突然現れるソレを、人々は神の知識を有した場所として畏敬の念を込めて“禁書庫”と、呼ぶのだ
常人には触れる事も知る事も許されない。神の知識。
突然現れ、そしてマナの減少と共に、長くても数週間以内には消える。
故に、禁書庫の解読は全て時間との闘い。解読し、記憶し、記されていた内容を、現代の言葉に直し写本する。
ただし、本の中身自体を写本する事は出来ない。
なぜなら、それは書き写すという概念を俺達へと与えてはくれないから。
「まったく。神も俺達に知識を授けたいのか、隠したいのか」
禁書庫の本は、時間と共に消えゆくだけでなく、1日単位で記録される文字すら変化する。文字が変化すれば、解読に要する知識や当てはめるべき文化的知識も、一気に様変わりするのだ。
これが最も禁書庫の解読を難解にしている。
「神は一体、俺達に何を望んでこんな事をするのだろう」
本に記載されている文字が、一体どの種類の文字なのかを分類し、そこから形や意味を推定していく作業に入る。推定するには、その文字の使用されていた文化の背景を知る必要がある。
どうやら様々な世界の文字を混合して記載されている事が多いらしく、たまたまその文字を使用していた前世を持つ者が居れば、解読は一気に進む。
故に、俺はこの世界ではない、様々な“此処”ではない世界の知識も、余すところなく収集する。この解読作業にとって、無駄な知識というのは本当に一つもないのだ。
『なぁに?BLの事が知りたい?へぇ!石頭!キミもとうとう腐っちゃったのか!』
まだ、解読作業に従事し始めたばかりの頃、俺は知識を貪るように、得る事だけを考えて生きていた。
その時だ。あの飲んだくれからも様々な……まぁ、偏りに偏った知識を得たのは。けれど、確かにあの知識も無駄ではなかった。まさか、聞いた次の日に、BLの知識を介した解読を行う事になるなど、予想もしないではないか。
———ウィズは何でも知ってるな!
何でも知っていなければならないのだ。
知らなければ、“知る”事が出来ないから。
俺は知りたい。インに会える方法を。この世界の仕組みを。在り方を。もし今回がダメでも、俺は“次”に賭けてでも、インに会わねばならない。
その為には、知らなければ。
『またか』
ぼんやりと眺めていた本の中身の文字が、うっすらと消えていく。消えて、またしても新しい文字へと切り替わった。
これで、今までの解読知識は全て無駄になった。これから、頭を切り替え、それまでの解読方法を捨て、ゼロから解読方法を考え直さなければならない。
『この本、この本こそが』
この本は明らかに今までの禁書とは訳が違う。1日単位で文字の切り替えが行われる通常の禁書よりも遥かに、切り替わりが早い。数時間で変わる事もあれば、今のように数分で変わる事もある。
これは明らかに、おかしい。
明らかに、解読の難易度が他とは違う。
『まるで、すぐには教えてやらないとでも言っているようだ』
あぁ、これまでの内容からも分かるが、これだ。
この本こそが、俺の探していた知識の根幹を示す本。
『あと、少し。あと、少しだ』
昨日は余りにも没頭し過ぎて帰れなかった。今日は帰れるだろう。
アウトが目覚める、前には。きっと。
『大人しく、しているといいが』
アウト。アウト。あぁ、アウト。
——–ウィズ!これやるよ!めーどの土産!素敵だろ!?
会いたい。
俺は自身の中に自然と湧き上がってきた気持ちに、思わず苦笑した。
俺は一体“誰”に会いたいんだ。一体“誰”を求めているんだ。
「アウト」
—–イン。
2つの声が聞こえる。
心の中の声と、実際にこの口から放たれる声。
放てば、重なり合うように2つの音を奏でる。
『「はやく、あいたい」』
そして、自身の胸ポケットから取り出した、どこか懐かしさすら覚える“ソレ”に、静かに口付けを落とした。
冥途の土産。そろそろ冥途がどこかを、あの訳も分からず言葉を使い続けるアイツに、教えてやらねば。
早く、彼の元に、
帰らねば。