234:いつの間にか”在る”

 ビヨンド教。

 それは、この世界の在り方、成し方、そして始まりに触れる唯一の教えである。

 不思議な事に、宗教としての形で成り立つその教えは、いつ、誰が、どのようにしてこの世界にもたらされたのか。

 

 全くわからない。

 

 ただ、この世界の歴史の、どの部分を辿っても、ビヨンド教は既に当たり前のように存在している。

 人々が“前世”の記憶を当たり前のように有して生きているのと、同じように。

 既に、ある。

 

 故に、始祖の教とも呼ばれるソレに。

 この世界の人々は、全ての“不思議”をビヨンド教へと仕舞い込む。押し付ける。思考を止める。

 神がそのようにお作りになったのだ、と。

 全ての始まりから、そうであったのだ、と。

 

 

「じゃあ、神ってなに?始まりってなに?」

 

 

 ヴァイスは笑ってそう言うと、風に舞うように、何もない場所から掌へと1冊の本を取り出した。

 

「よっと!」

 

 取り出し、捲る。パラパラと、捲る。

 ヴァイスの手が捲っているのに、それはまるで風によって、楽しく本の頁が踊っているように見えた。

 

「さぁ、街も人も寝静まった!僕の知っている“始まり”も“終わり”も、ましてや“神様”なんて居ない世界の物語の始まりだ!アウト、今から君は、長い長い旅に出る事になる。窓から夜空に飛び出すように、作られた常識や、縋りたい願いを全て捨てて、一緒に付いておいで!」

 

 ヴァイスは勢いよくそう言うと、手に持っていた本を高く空へと舞い上げた。

 そして、投げられた本は、落ちてくる事なく、そのままピカリと光ると、勢いよく天空へと飛んでいった。

 

「っわぁ!」

 

 それはまるで、流れ星。

 その光景に、俺は声を上げ、目を瞬かせた。俺は一体、今、何を見ているのだろう。

 

「驚いた?ふふっ。本が流れ星になったんだよ!素敵でしょ?これで、アウトの面倒な足枷は外されたよね?」

「……足枷?」

「そう、キミの中にある、人として生きていく中で作り上げられた思考の“足枷”をさ!人はソレを“常識”とか“俗識”なんて呼ぶね!確かに、ソレは人の中で生きて行くには必要なモノだけど、これからする“君と僕の冒険”には不要なモノさ!」

 

 意味深に口にされる言葉に、俺はジッとヴァイスの顔を見つめた。

 

「ヴァイス」

 

 あぁ、誰だ。この人は。

 この目の前に居る、見慣れたこの幼い容姿の可愛らしい姿をした者は。

 

一体“誰”?

 

「君は、一体」

「誰?何者?なんて無粋な事は聞かないでね!アウト。君だって自分が何者なのかなんて知らないんだから」

———-そうでしょ?

 

 そう念を押すように聞かれ、俺は無意識に自身の腹部へと手を当てた。

 そうだ。“俺”は一体、誰なんだろう。

 

 まったく、ヴァイスに尋ねられる義理はないじゃないか。俺だって、自分が誰かなんて分からないのに。

 

 でも、仕方ない。仕方ないんだ。

 だって、この世界は、いつも俺が誰かを分からせてはくれなかったのだから。

 世界はいつも、俺からそっぽを向いていた。

 

「お立合い、お立合い!今から僕が話すお話は、人間にとっては少し理解し難いお話だ!いや、理解し難いというよりは、信じたくないと言った方が正しいだろう!まずは、そう!手始めに、人が当たり前のように思っている、全てには“始まり”がある。という幻想から、アウト、君を解き放とう!」

 

 ヴァイスは俺の手を取ると、誰も居ない広場で踊り始めた。俺はダンスの経験も知識も、ましてや決まり事なんてモノはまるで知らない。

 知らないけれど、どう動けばいいのか分かる。

 

 次にヴァイスがどう動くのか、分かる。

 

「上手だよ。アウト。君は本当に、これまでの沢山の輪で得てきたマナの全てを、その身に余す所なく受け入れてきたんだね。大したもんだ」

「……ヴァイスが何を言っているのか、ちっとも分からない。もっとお話しするみたいに言ってよ」

「っはは!そうだね、分かったよ。じゃあ、眠る前のお話みたいに語ろう」

 

 ヴァイスはカラカラと笑った。

 

「あ」

「ほら、お話をはじめるよ」

 

 そして、気付くと俺はウィズの酒場の、いつも、俺の眠るベッドの上に居た。隣には、共に寝衣を着て、まるで子供でもあやすように体をポンポンと、優しく叩くヴァイスの姿。

 

 

 いつの間に。

 けれど、この時になると、俺はもうそんな事では驚かなくなっていた。

俺は“おはなし”を待ちわびる子供のように、布団の裾を持ち、ヴァイスの方へと体を向けた。

 

「昔々あるところに、では始まらないよ。気付くと、世界は既にありました。始まりも、作った人も分かりません。気付くと、ありました」

 

———そして、気付くと“僕”も在りました。

 

 俺は静かに目を閉じ、ヴァイスの言葉を頭の中で、静かに創造した。まるで、世界でも作り出すみたいに。

 真っ白な空間の中から、浮かび上がってきたソレは、大きな、大きな“まる”……“円”だった。

 

「アウト?ねぇ。時の流れって……」

 

 どうなっていると思っている?

 今この瞬間から、数時間後には、朝日が君を照らすよね?

 そしたら、あの“石頭”が、きっと酷い顔をしてキミの前へと現れる。そして、きっと彼はアウトに酷い事を言うだろう。

 

 まぁ、アイツの言う事は置いておいてさ。

 

 それって、今の地点から考えたら“前”へ、“先”へ進んでるって事なのかな?

 僕達は絶えず、歩を“前へ”“先へ”と進め、歴史は紡がれ、人の世は進み続けている?

 そして、いつかは人の世も、終わりを告げる?

 

 いつかは、全てのものに“終わり”が訪れる?

 

「答えは“いいえ”さ」

「違うの?」

 

 ヴァイスの優しい手が、静かに問う俺の頭を撫でる。

 

 すると、俺は、自分の頭の中にある大きな円が、よく見れば細い、細い5本の線の寄り集まりであるのが見えた。

 それが遠くから見れば、1本の大きな円となり、形を成している。

 

 あぁ、コレはヴァイスの思考だ。俺の頭の中にある、この壮大で、遠くて、どこか静かなこの思考は、ヴァイスのモノ。ヴァイスと俺が“どーき”する事で得られた、ヴァイスの全て。

 

 

 

 ふと、それが“世界”の在り様である事を知った。

 

 

 

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