26:金持ち父さん、貧乏父さん(26)

 

『……ヨル、来たか』

 

 俺は大岩の上で、ヨルを待っていた。いつもはヨルの方が先に待ってくれているのだが、今日ばかりは俺が一番乗りだ。

 一番乗りして、大岩の上へと腰かけたかった。もう、俺の足が大丈夫である事を、ヨルに見せる為に。

 

『スルー、俺は……お前に色々と言いたいことと、ききたい事が、たくさんあってだな』

『…………』

『スルー、頼む。聞いてくれないか』

 

 最近、ヨルはずっと、大岩の上ではなく、原っぱの方で俺を待ってくれていた。それは、俺の足を気遣っての事だと、俺は知っている。分かっている。

 ヨルはかなりやに恋をしていても、俺には優しかった。ずっと、ずっと優しかった。

 

『昨日、お前は、なぜあんなに』

——–怒ったんだ?帰ってしまったんだ?

 

 そんなヨルの問いを遮るように、俺はピョンと大岩の上から飛び降りてヨルの前へと降り立った。

 ほら、見ろ。ヨル。お前のお陰でもう足は完全に治った。痛くない、痛くないぞ。

 だから――。

 

『ヨル、俺と踊ってくれないか?』

『……』

 

 俺は何度目になるか分からない、ヨルへの踊りへの誘いに、少しだけ不安になった。片膝をつき、差し出される手が、今まで取って貰えなかった俺の手が。

 

『ヨル、おねがい』

『っ』

 

 情けない声が出てしまった。本当は格好良く何の滞りもない、いつもの俺みたいにヨルをダンスへと誘いたかったのに。こんなの格好良くない。こんなの、お誘いじゃない。

 

 懇願じゃないか。

 

『スルー。俺は……お前に聞きたい事も、伝えたい事も、したい事も沢山、ある』

『……その中に、俺とのダンスは入っているか?』

 

 俺は恐る恐る尋ねる。差し出した手が少し疲れてきた。一旦下ろそうか。

 そう、俺が思った時だった。

 

『もちろん。入っている』

 

 俺の手がヨルの手によって勢いよく引き上げられていた。俺とヨルが向かい合う。ヨルの後ろには春の夜空と、大きな月。

 どうやら、今日は満月のようだ。ヨル、ヨル、ヨル。

 

『ヨル、まずは一緒に踊ろう。きっと俺達のダンスが誰よりも素敵だ!インとオブより素敵な筈なんだ!』

『あぁ、きっとそうだろう』

 

 ヨルが、そんなの当たり前ではないかという表情で、口元に素敵な笑みを浮かべて答えてくれるのが、俺には嬉しくて、嬉しくて。

 俺はヨルと草原に飛び出していた。

 

 俺は夜は好きだ。俺を叱らないし、俺を不自由にしない。自由でいさせてくれる。夜は優しい。

 

 俺は、ヨルが好きだ。

 

『ヨル!俺のしたい事の中には、小さなヨルへのよしよしも入っているからな!次はソレをしよう!そして、ヨルが俺にしたい事も、今日全部しよう!ぜったいに、今日!今夜!全部だ!』

『あぁ、そうしよう。全部、今夜しよう』

 

 微笑んで頷くヨルは素敵の上の上。俺を見てくれるヨルはもっと上。

 ごめんな、かなりや。お前は死んでしまって、とても可哀想だけれど、俺と居る時のヨルは、俺のだ。

 

 他の時のヨルは、お前のだろうけど、今この時だけは――。

 

『ヨルは、俺の!』

『…………!』

 

 俺は嬉しさの余り自分が口に出している事すら気付かずに、ヨルと共に草原という舞台で踊りつくした。もちろん互いを思い合う二人が、互いの足など踏もう筈もない。

 

 俺とヨルのダンスは、世界一だ。

 

———-ララララララ。

 

 サヨナラの顔をしていないサヨナラよ!来るなら来てみろ!どんと来い!

 俺はサヨナラを怖がらない!何故なら、俺は全部を“今夜”やってしまうからだ!

 

 俺のヨルとの未来への希望を、サヨナラによって、奪わせはしない!

 

 俺は必ず訪れるサヨナラの時に立ち向かうように、ヨルと繋いだ手を、力いっぱい握り締めた。