『……ヨル、来たか』
俺は大岩の上で、ヨルを待っていた。いつもはヨルの方が先に待ってくれているのだが、今日ばかりは俺が一番乗りだ。
一番乗りして、大岩の上へと腰かけたかった。もう、俺の足が大丈夫である事を、ヨルに見せる為に。
『スルー、俺は……お前に色々と言いたいことと、ききたい事が、たくさんあってだな』
『…………』
『スルー、頼む。聞いてくれないか』
最近、ヨルはずっと、大岩の上ではなく、原っぱの方で俺を待ってくれていた。それは、俺の足を気遣っての事だと、俺は知っている。分かっている。
ヨルはかなりやに恋をしていても、俺には優しかった。ずっと、ずっと優しかった。
『昨日、お前は、なぜあんなに』
——–怒ったんだ?帰ってしまったんだ?
そんなヨルの問いを遮るように、俺はピョンと大岩の上から飛び降りてヨルの前へと降り立った。
ほら、見ろ。ヨル。お前のお陰でもう足は完全に治った。痛くない、痛くないぞ。
だから――。
『ヨル、俺と踊ってくれないか?』
『……』
俺は何度目になるか分からない、ヨルへの踊りへの誘いに、少しだけ不安になった。片膝をつき、差し出される手が、今まで取って貰えなかった俺の手が。
『ヨル、おねがい』
『っ』
情けない声が出てしまった。本当は格好良く何の滞りもない、いつもの俺みたいにヨルをダンスへと誘いたかったのに。こんなの格好良くない。こんなの、お誘いじゃない。
懇願じゃないか。
『スルー。俺は……お前に聞きたい事も、伝えたい事も、したい事も沢山、ある』
『……その中に、俺とのダンスは入っているか?』
俺は恐る恐る尋ねる。差し出した手が少し疲れてきた。一旦下ろそうか。
そう、俺が思った時だった。
『もちろん。入っている』
俺の手がヨルの手によって勢いよく引き上げられていた。俺とヨルが向かい合う。ヨルの後ろには春の夜空と、大きな月。
どうやら、今日は満月のようだ。ヨル、ヨル、ヨル。
『ヨル、まずは一緒に踊ろう。きっと俺達のダンスが誰よりも素敵だ!インとオブより素敵な筈なんだ!』
『あぁ、きっとそうだろう』
ヨルが、そんなの当たり前ではないかという表情で、口元に素敵な笑みを浮かべて答えてくれるのが、俺には嬉しくて、嬉しくて。
俺はヨルと草原に飛び出していた。
俺は夜は好きだ。俺を叱らないし、俺を不自由にしない。自由でいさせてくれる。夜は優しい。
俺は、ヨルが好きだ。
『ヨル!俺のしたい事の中には、小さなヨルへのよしよしも入っているからな!次はソレをしよう!そして、ヨルが俺にしたい事も、今日全部しよう!ぜったいに、今日!今夜!全部だ!』
『あぁ、そうしよう。全部、今夜しよう』
微笑んで頷くヨルは素敵の上の上。俺を見てくれるヨルはもっと上。
ごめんな、かなりや。お前は死んでしまって、とても可哀想だけれど、俺と居る時のヨルは、俺のだ。
他の時のヨルは、お前のだろうけど、今この時だけは――。
『ヨルは、俺の!』
『…………!』
俺は嬉しさの余り自分が口に出している事すら気付かずに、ヨルと共に草原という舞台で踊りつくした。もちろん互いを思い合う二人が、互いの足など踏もう筈もない。
俺とヨルのダンスは、世界一だ。
———-ララララララ。
サヨナラの顔をしていないサヨナラよ!来るなら来てみろ!どんと来い!
俺はサヨナラを怖がらない!何故なら、俺は全部を“今夜”やってしまうからだ!
俺のヨルとの未来への希望を、サヨナラによって、奪わせはしない!
俺は必ず訪れるサヨナラの時に立ち向かうように、ヨルと繋いだ手を、力いっぱい握り締めた。