「なぁ、アウトー」
なんだよ、バイ。俺は今凄く真剣な作業をしているんだ。話しかけないで欲くれ。
「アウトってば!」
「あーっ!もうズレた!ズレたじゃないか!」
俺は手元にある、細かく指定された部位に黒色を塗る”ぬりえ”から無情にも、線からはみ出してしまったのに絶叫した。せっかく!綺麗に塗れていたのに!
「アウト先輩?心頭滅却すれば、話しかけられてもベタははみ出さずに塗れる筈です。はい、ホワイト」
「だって!ここ!難しいんだ!髪の毛が細くて!この塗り絵は上級者のヤツだったから!」
そう、俺がアバブのビィエルの教本の“ゲンコウ”を前に言い訳を並べていると、それまで、しつこいくらい話しかけていたバイが、やっぱり諦める事なく話しかけてくる。
「ねー、アウトー」
「ほら、見てください。バイさんなんて一切手を止めずに、アウト先輩よりもっと細かいトーンを貼っていますよ」
「ぐぐ」
「俺はアウトと違って要領が良いからな」
そう、作業に集中して手を止めずに言われてしまえば、もう俺はぐうの音も出ない。俺は仕方なくアバブの差し出して来た、白い液体を筆に付けると、はみ出した部分をそっと修正した。
俺達は、アバブの次の催し物で出品されるお話を作るお手伝いをしているところだ。
「ねぇ、アウト」
あぁ!もうしつこい!
俺は別の机で真剣に“ゲンコウ”に向かうバイに目をやった。そこには、普段のような精悍で格好良い騎士のバイの姿はなく、ユルリとした私服に、前髪は紐でくくり上げ、赤い眼鏡をかけるバイの姿があった。
どうやら、バイはアバブと創作活動をするようになって、酷く視力が落ちたらしい。それは騎士としてどうなんだ?と思うのだが、普段はマナで矯正された、透明なレンズを目に入れているので、特に問題はないそうだ。
「あぁ、もう!どうした!バイ!」
「このおめがばーすっていうのになれば、男でも子供が生めるじゃん?」
そう、急にバイの口から飛び出した“おめがばーす”という言葉。その言葉に、俺は手元にあるアバブの“ゲンコウ”へと目をやった。
そこには二人の男が、あるふぁだのべーただのと騒いでいる場面。
ごくり。この場面だけでも面白そうである。
「そうだな、おめがはあるふぁの子供が産めるもんな。どうした?トウの子供が欲しいのか?」
でも、この“おめがばーす”はビィエルの物語の中の架空の設定だ。実際にはないから、やっぱり男のバイにはトウの子は産めない。可哀想だけど仕方がない。
「違くて!もし、アウトがおめがばーすなら、自分はどれだと思う?」
「俺?」
「なにを楽し過ぎる会話をしてるんすかー!私も入れてくださいよ!」
今は“しゅらば”じゃなかったのか?
俺は楽しそうに俺達に向き直って来たアバブに、もういいや!と手から筆を置いた。
「まぁ、アウト先輩の周りは軒並みαでしょうね!」
「じゃあ、俺はトウに噛まれ過ぎてαからΩに転化するやつ!」
「いいですねー!素晴らしいです!」
盛り上がる二人に俺は少しだけ考えた。そう、それなら俺の場合マナ無の無能から、今は神様くらいマナを持ったということで――。
「じゃあ、俺はΩからαになった神様かな!ふふ!」
そうそう。きっとそう!αは皆、凄い力を持っている人物が多いから、俺だって負けてないと思う。
けれど、そんな俺を二人は眉を顰めて見てくる。え、なに。この困った10代を見るような視線。
「アウト先輩……大人になってからの中二病は重症化しやすいんですよ」
「え?」
「アウトさぁ。お前、自分を特別な存在だって思い込んで良いのは10代までだぞ」
「え?」
え、なんだろう。何、この視線。
凄く、痛い。大量のマナで、俺の外傷はすぐに治るようになったけれど、この二人の視線から与えられる傷は、全然治してくれない。
ちゅうにびょう?
俺はまた別の病気を発症してしまったのだろうか。
「あの、それって治療法は……?」
俺のこわごわとした問いに、アバブとバイが二人して声を重ねて返事をした。
「「大人になること」」
いや、俺もう26歳の完全な大人なんだけど。
その声は“しゅらば”中の俺達の中へ、空しく響き渡るばかりだった。