(外伝29):アボードの忘れられない女3

        〇

 

 

 

 聞いて聞いて。

 私には一人息子が居るのだけれどね。あ、私に年齢を聞くのはダメよ?失礼なんだから。いくら若く見えるからって、それはダメ。女の人には聞いてはいけないの。

 

 そうそう。私の息子ね!

 これが息子の写真よ!写真って分かる?現実をそのまま切り抜いた絵のようなもので、これは誰かが描いたモノではないわ!

 

 本当の姿よ!

 そして、コレ!この真ん中のが私の息子!

 

 ね、ね、ね!格好良いでしょ?他に写ってる他のどの男の子よりも一等格好良いと、そう思うわよね?思うわよね!?

 

 よろしい。分かってくれて安心したわ。ふふ。

 

 遠くの学校に通っているんだけれど、成績も良くて、友達もいっぱい。先生方からも信頼されているって、評価通知に書いてあったの。ほら、これ!見て!息子が送ってくれた写真と評価通知よ!

 

 あぁ……見えにくいでしょ?ごめんなさいね。私が何回も何回も見てたせいで、ボロボロになっちゃったの。でも、この字は“一番良い”って意味の文字よ。凄いでしょ!

 

 あと、こっちの写真と手紙も見て!こっちは学校の訓練で一等を取った賞状とその時の写真。

 

 いつ見ても、立派だわぁ。こんな男の子が居たら絶対に女の子は放っておかないに違いないわ。そうでしょ、そうでしょ?貴方もそう思うわよね?

 

 でも、息子は確かにこんなに大きくはなったけど、私にとっては、まだまだ赤ちゃんとおんなじよ!だって、きっとまだ私の事が一番好きに違いないのだから。

 だって、こうしていつも手紙をくれるんだもの、そうに決まってる!

 

 ……今、貴方、それは勘違いだって思ってるでしょ?

 

 いいわよ、いいいわよ。別に、確かにもう息子も14歳だものね。いつまでも、お母さん、お母さんでは居てくれないでしょうよ。

でも、まだ親離れはして欲しくないわ……だって寂しいもの。

 

 あら?あらあら!なに?どうしたの?顔が真っ赤よ?

 マスター、彼がもう酔ってしまったみたい。

 お水を上げてちょうだい!

 

 飲み慣れていないのね。

 ダメよ、それならきちんと言わないと。お酒は飲んでも飲まれたらいけないのだから。

 

 そして、聞いて。まだあるわ。こっち!

 こっちのは……あぁ、私の具合が悪くなってしまった時に、すぐに心配で手紙を急いで送ってくれた時のね。

 

 本当に、あの子は優しい子だわ。この手紙にはね、夏には必ずお見舞いに行きますって書いてあるの。私、それが嬉しくて嬉しくて!夏まで頑張っちゃおって思ったのに……。

 

 もう、全然体が言う事をきかないのよ。

 それに、あの子がお見舞いなんか来てみなさい。私、物凄く痩せてしまって、きっと物凄く悲しい気持ちにさせてしまうからね。

 

 私、どうしてもあの子の中では、”綺麗で優しいお母さん”のままが良かったのよ。

 

 だって、あんまりよ!息子はどんどん格好良く立派になっていくのに。

 親ってそんなモノかもしれないけど、私はどんどん病気で衰えて、ギスギスになっていく姿を見せて、心配をかけるなんて嫌だわぁって思ったらね。

 

 あら?あらあら?貴方、泣いているの?

 ちょっと!マスター!タオルを持って来て!彼、お酒に酔って泣いちゃってるわ!

 

 ほら、タオルよ。

 貴方、お酒が弱いのねぇ。さっきはあんなに怒りん坊だったのに、今はもう泣き虫さん。どうしたの?

 何か悲しい事があったの?

 

 なに?おかあさん?

 

 ふふ、さすがに私も貴方のような大きな息子は居ないのよ!

 でも不思議ね、貴方にお母さんと呼ばれるのは、嫌ではないわ。逆にとても嬉しいくらい。

 

 貴方、子供は居るの?

 じゃあ、お嫁さんは?

 余計なお世話かもしれないけれど、貴方を見ていると息子みたいな気持ちになっちゃうから、老婆心ながら言わせて。

 

 できれば、誰でも良いから一緒に生きる人を見つけてね。

 貴方はこんなちょっとした事で泣いてしまうような人なんだもの。

 

 誰でも良いから、貴方が安心して共に居られる人を見つけるのよ。そうしてくれると、私もとっても安心だから。

 あらあら、また泣いて。体は大きくなっても、まだまだ赤ちゃんなんだから。

 

 いけないわ。

 間違って息子扱いをしてしまった。なんだか貴方、あの子にソックリなんですもの。ごめんなさいね。でも、今日貴方に会えて良かったわ。

 

 お酒もたくさん飲めるしね。

 

 あら、マスター?もう今日はまた向こうに戻るの?わかった、また後でね。

 その子もしっかり連れて行ってあげて。

 もう赤ちゃんみたいに泣いているのだから。

 

 

 じゃあね。元気でね。

 

 

 

 

       〇

 

 

 

 ボロボロと、それこそ赤ん坊のように涙を流すアボードの手を取り、俺はマナの中を後にした。愛子さんとヴァイスの手を振る姿が見える。

 

『ほら、アボード。しっかり手ぇつないどけよ。じゃないと迷子になるからな』

「……なんなんだよ……いったい。なんなんだ。おまえは」

 

 愛子さんから渡されたタオルがアボードの手から消える。

 もうそろそろ、現実が近い。俺はグズグズと鼻を鳴らしながら、自身の腕で顔を拭うアボードの手を、それはもうしっかりと繋ぐと、そのまま光の差す方へと歩いていったのだった。

 

 

 

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—–

 

 

 頭が痛い。

 ズキズキする。

 

「アウト!おい!ウィズ、アウトが目覚めたぞ!」

 

 目覚めた先で、起きがけ早々バイのやかましい声が耳の奥まで響き渡る。う、うるせぇ。

 

「おいっ!アウト!大丈夫か!?」

「……だいじょうぶ」

 

 どうやら俺は酒場の奥の部屋のベッドに寝かされていたらしく、バイとウィズが灯りを遮って覗き込んでくるのを見た。また、俺はウィズとバイに心配をかけたらしい。

 

「……アボードは?」

 

 ふと、先程まで俺のマナの中に落っこちて来ていたアボードを思い出した。大丈夫だろうか。俺のマナの中に落っことしてこなかっただろうか。

 

「兄貴ならこっちで寝てる。トウ!アウトも目覚めたぞ!兄貴はどうだ!?……トウ?」

 

「…………」

 

 どうやら、俺の隣のベッドに寝かされているのだろう。上半身のみ起こしてみれば、アボードの寝ていると思われているベッドの脇で、トウがただ黙って目を見開き、立ち尽くしていた。

 

「トウ、どうした。アボードに何かあったのか?」

「い、いや」

「どうしたんだよ!トウ!兄貴になにか……」

 

 次いで、トウの肩に手をやりアボードのベッドを覗き込んだバイまでもが、次の瞬間、ピシリと体を固まらせていた。

 あぁ、これは……もしかして。

 

 俺は未だに俺の体のあちこちに触れてくるウィズの手を静止させると、ゆっくりとベッドから降り、アボードのベッドの脇へと向かった。

 

「まったく……これは、自分のせいだからな」

———アボード。

 

 俺が覗き込んだアボードの閉じられた目からは、そりゃあもう大量の涙が溢れていた。しかも、時折漏れる「おかあさん」という言葉には、小さな子供のような頼りなさすら感じられる。

 

「兄貴……」

「アボード……」

 

 またしても同僚に、彼の矜持の許さざる姿を目撃されてしまっている。けれど、アボード。もう、それでいいじゃないか。

 仲間に弱さを見せて行け。お母さんも、言ってたじゃないか。

 

———誰でも良いから、貴方が安心して共に居られる人を見つけるのよ

 

 それは俺も同感。お前は俺と同じで、強がりが過ぎる。

 もっと、自分に素直になっていこうじゃないか。

 

「はぁ、もう」

 

 もう、勝手知ったるなんとやら。

 この部屋の戸棚から、俺は一枚のタオルを取り出すと、涙を流すアボードの目をそっと拭ってやった。この酒場の建物なら、どこに何があるかなんてすぐに分かる。

 それだけ、俺はこの酒場にずっと居る。

 

 ウィズと居たいからという、自分の気持ちに従って。

 

「……まぁ、なんだ。あんまり弟を、からかってやるなよ?」

 

 俺は拭いても拭いても零れ続ける弟の涙を、何度も拭いてやりながら、戸惑うバイとトウに、片目を瞬かせた。

 

 

 

 

 

 

おわり

 

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【後書き】

アボードとお母さんが再会するお話でした。

この後、きっとアボードはバイに「ママになってあげるよ!」としきりに詰め寄られ、そして拳をお見舞いする事でしょう。

 

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