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「さて。インは今、外でウィズとお散歩中だ。オブ、腹を割って話そうか?」
そう、俺がオブを連れ出して向き直った場所は、まだ俺が何も手を加えていない、真っ白なマナの器のみの空間だった。
『なに?インまで外に出して。そろそろ“俺”の事が本気で邪魔になった?ずっと居ていいって言ってた癖に、やっぱり自分の言う事を聞かない部外者は邪魔なんだ』
オブは不機嫌そうな声で、俺の顔など見ずに吐き捨てるように言った。どうやら、オブは俺が本気で怒って、俺のマナから追い出そうとしていると思っているらしい。
俺がそんな事をする筈ないって、分かってくれてると思っていたのに。
「オブ、ちょっと話すだけだって」
『じゃあ、インを表に出す必要なんて無かっただろ?アウト、お前は結局口だけだったって事だ』
「オブ。もう此処がオブの家だろ?」
『口じゃ何とでも言える』
これは完全に拗ねてしまっているようだ。俺はその姿に、やっとオブの年相応の姿が見れたとホッとしてしまった。否、年相応と言うと語弊がある。オブはインが死んだ後も、ある程度は生きたようなので、その点でいけば、立派な“大人”だ。
しかし、それはただの形式上の話でしかない。この、インと再会したマナの残滓であるオブは、15歳で成人前の、俺からすればまだまだ”子供”なのである。
いくら普段はしっかりしていても、俺はちゃんとオブもインも“子供扱い”してやるべきだった。
「オブ。ごめんな。仕事仕事仕事って。二人に大人の事情なんて関係ないのに。15歳なんて、色々な事をして遊んでいい年齢なのに」
『……別に。俺は見た目こそインに会わせて15歳にしてるけど、本当はそうじゃないし』
「15歳のインの前に立つオブは、15歳でいいんだ」
俺はゆっくりとオブに近寄り、自身の手をオブの頭の上へとソッと乗せた。その瞬間、オブの肩がビクリと揺れる。
『な、なんだよ』
「オブがあんまりしっかりしてるから、俺、酒場の事、色々とオブに丸投げしちゃってたな。酒場なんて、俺が好きでやってる事なのに、それを偉そうに”仕事仕事”って言って。ずっと謝りたかったんだ」
『なんで、アウトが謝ってんだよ。俺はそもそも、部外者だし。居候だし。お前が本気で俺を追い出そうとしたら、俺は……逆らえないんだから』
言いながら、どんどん深く俯くオブの姿に、俺は完全にあの日の自分の言葉を後悔していた。
———-あんまりそんな事ばっかしてたら、ウィズの所に帰ってもらうぞ!
あんな言葉は、冗談でも、嘘でも言ってはいけなかった。特にオブのように、決定権がこちらにある立場の弱い人間に、そんな事を言ったら、ただの脅しじゃないか!
俺は過去の自分の言葉をオブから追い出すように、勢いよくオブの体を抱き締めた。
「ごめんっ!ごめん、オブ!許して!オブの家は此処だから!追い出すなんて嘘だから!本当にごめん!」
『っな!?は!何やってんの!?』
そう、慌てたような声を上げるものの、オブは抵抗するでもなく、俺の腕の中でピシリと固まってしまっていた。いつもはインを抱き締めるばかりのオブだ。こうして自分よりも少しだけ大きな人間の腕の中に納まる事に、慣れていないのだろう。
「オブ。聞いて。インを外に出したのは、インをビックリさせたたかったからなんだ」
『……インを?』
「俺だけだと上手に出来るか分からないからさ、一緒にやろう」
俺はオブを腕の中から解放すると、手の中に数冊の雑誌を取り出して、思い切り笑顔になってやった。その雑誌の中に書いてある言葉、それは――。
皇国一日デートコース特集!
二人で行きたい蜜月周遊!みんなはどこへ行ってる?
「二人が遊ぶ場所を作るよ!」
「は?」
俺はこれから始まる想像力のフル稼働に向けて、拳を握りしめた。俺はこれから、この世界に沢山の遊び場と、デートコースを作るのだ!
〇
『んー、ここどこ』
次の瞬間、目を開けたアウトは、アウトの姿カタチをしているにも関わらず、それは完全に“アウト”ではなかった。どことなくアウトより幼い雰囲気が、アウトの身に纏わされる。キラキラと輝く目は、いつも見慣れている筈の寝室を、興味深そうに見つめている。
あぁ、コレは確かに“イン”だ。
俺は過去、あれほど“イン”と“アウト”を混同し、頭を掻きむしる程、苦しんでいたにも関わらず、こうして冷静になって見てみれば、二人はやはり全然違う存在なのだと実感した。
今、俺の目の前に居るのは“アウト”ではない。
「イン?」
静かな俺の問いかけに、きょろきょろと部屋を見渡していた、その目はついに俺を捕らえた。バチリと激しく両手を叩いたような音が、俺の脳内へと響く。
『あ、タオル!』
「タオル……」
何の気のてらいなく放たれたその“タオル”という呼び名に、俺は苦い苦い“アイツ”の存在を思い出していた。
アウトの中に居る、アウトの心を守ってきた“俺”のまがい物。アウトはそれを子供が眠る時に必要な“タオル”のようなモノだと称していたが、まさかそれがそのまま呼び名になっているとは。
否、むしろアイツはまだ居たのか!
現実世界でこうして“ウィズ”がアウトを、これでもかというほど愛しているにも関わらず、まだアイツはアウトの心の中に居座っているとは。けしからん以外の何者でもない。
「俺はタオルではない。“本物”のウィズだ。もちろん、タオルよりアウトから愛されている」
『そうなの?でも、アウトはタオルが大好きだよ。いつも抱きしめてるから』
「……ほほぉ」
アウトの顔で、けれどアウトでは絶対に聞けないアウトの深層心理が語られる。
ふむ、これはこれで非常に面白い。アウトからは、インを遊びに連れて行ってやってくれと言われているし、外でも散歩しながら、色々と聞かせてもらおうじゃないか。
「イン、外に散歩にでも行くか?」
『うん!行く!アウトもウィズと遊んであげてって言ってたから!行く!』
「俺が遊んでもらうのか……」
『そうだよ。アウトはウィズが寂しくないように、遊んであげてって言ってた!』
そう言って笑うインの姿は、やはりアウトの姿で、アウトとは違うとハッキリ分かる。けれど、分かるにもかかわらず、その満面の笑みだけは、やはりよく似ているな、と俺は内心笑みをこぼしながら思ったのだった。