16:ふりんのキューピッド④

<以下、少しだけ小説ターンです>

 

 

 

 俺は、その時非常に混乱していた。あぁ、混乱していたさ。

 

『…………ふぅ』

 

 なんだこりゃ。

 そう、目の前に飛び込んできた光景に、俺は一瞬、入る家を間違えたのかと錯覚した。ただ、錯覚だと脳内で処理しようにも、勝手口から入ったその家の中は、俺の見慣れた場所そのものだった。

 

『あ、あなた……』

 

 そして、一番俺の混乱を招いたのは、俺の銃口の向けられた先に立っていたのが、まったくもって“オブ”ではなかったからだ。俺はてっきり、この部屋に居るのは、性衝動を抑え切れず獣のようにインに襲い掛かっているオブだと思っていたので、向けた銃口の先に居るのが、まさか、この女だとは思わなかったのだ。

 

『……どうして、ここに。居るの?』

『……ふぅー』

 

 女の、レスの問いに、俺はもう一度深く息を吐く。いや、そんなモンは正直、俺が聞きたい。どうして、此処でお前が男と抱き合っているのか、と。まぁ、正直、レスが他の男とどうしていようが、心底どうでも良いのだが、場所が場所だ。

 

 何故、インの酒場なのか。そこだけが問題だ。

 

 俺は振り上げた手を、どのタイミングで下ろすべきか思案した。この銃は扱いやすいように軽量化されているとはいえ、長い事構えるには腕が重い。

 

 この状況を把握する為にも、この銃は一旦下ろそう。ここに居るのがオブでなければ、俺の殺す相手は居ないという事になる。

あぁ、そういえば、インはどこだ。

 そう、俺がチラとレスから視線を逸らした時だった。

 

『やめてくれっ!全部俺が悪いんだ!だから、殺すなら俺だけにしてくれっ!』

『バット!止めて!違うの、違うのよ!これは全部私が悪いの!だから、殺すなら私にしてちょうだい!』

『レス!』

 

 え、何だ何だ。

コイツらは一体何なんだ。急に二人して盛り上がりやがって。そして、明らかに平民然としたこの男は、どこのどいつだ。もう意味が分からん。

 

『おかあ、さま』

『アンダーっ!?あなたまで、どうしてここに』

『いん、は?』

『……イン?インって』

『マスターの事?』

 

 俺が一切合切の理解を捨て、その場に銃口を向けた状態で立ち尽くしていると、俺の後ろからひょこりと顔を出したアンダーまでもが話に加わり、更に混沌さが増す。もう、まったく意味がわからん。最初から分からなかったが、より意味が分からん。

 そして、そろそろ腕が痛い。もう、一旦、銃は下ろそう。

 

 そう、俺が銃口を下ろしかけた時だった。

 

『あれ?おかしいな、戸が開いて……え?』

『いん、だ!』

 

 俺の後ろにある勝手口から、聞き慣れた声がした。その声を聞いた瞬間、アンダーの嬉しそうな声が、謎の雰囲気に包まれた店内へと響き渡る。

 

『え?』

『いん!きた、よ!』

『え、あ、アンダー?それに……待って待って!ナニコレ!』

 

 今度はこの状況に、驚きを露わにし始めたインの声が店中に響き渡る。チラと後ろを振り返ると、そこには何をそんなに買い込んだのか、大きな買い物袋に両手を塞がれた、インの姿があった。

 

 あぁ、イン。今日も可愛いじゃねぇか。今日はそれで何を作ってくれるつもりなんだ。

 

『いん、だっこ』

『アンダー、ちょっと待って。えっと。び、ビロウ……その手のモノは』

『あぁ、イン。これはどういう事だ』

 

 もう全く意味が分からない為、銃を下ろしてインに尋ねてみる。この二人はきっと勝手にここに入った訳ではないのだろう。特に、きちんと鍵を掛けてあった所を見ると、この二人はインによって招かれて此処に居るという事だ。

 

 だったら、インに事情を聴いた方が早いに違いない。万が一でも、あの二人が不法侵入だった場合、それはそれで対処の方法が変わってくる。

 

『イン、答えろ。どうして……レスが此処に居る』

『いん、だっこ』

『……ま。まさか。ビロウが』

『あ?』

『レス、さんの……』

 

 次の瞬間、インは手に抱えていた紙袋を全てその場に投げ捨てると、俺の元へと駆け寄って来た。何やら血相を変えている様子だが、一体何なんだ。そして、やはりレスの名を知っていると言う事は、この二人は別に此処に不法に入り込んでいる訳ではなさそうだ。

 

 さすがに、貴族の女が男と会う為に、民家に不法侵入とは、余りにも聞こえが悪い。ともかく一安心だ。

 

そして、念願のインに会えたにも関わらず『だっこ』の願いも受け入れられず、放置されたアンダーは、徐々にその表情を不機嫌一色に染めていく。

 

『こ、殺すなら俺をっ!俺を殺してっ!』

『は、はぁっ!?』

『あの二人は悪くないっ!俺が此処で会えばって言ったんだ!まさかレスさんがビロウの、お、お、奥さんだったなんて!ごめんなさい!ごめんなさい!』

『な、何言ってんだ』

 

 俺の妻はお前だろうが!

 そう、口にしようとした瞬間、インは足元まで崩れ落ちると、縋るように俺の足へとしがみついた。何故かその目には大量の涙を浮かべている。

 

『いん!だっこ!だっこ!』

『マスター!私達の為に!』

『マスター!もういいんだ!俺が全部悪いんだ!』

 

 すると、俺の足元に縋りつくインに対し、癇癪を起しながら抱っこをせがむアンダー。それに、何故か感極まったように涙を流して、インの肩を抱くレス。そしてその二人を横目に、俺に向かって、未だに『俺を殺せ!』と言い募ってくる……お前は本当に誰だ!?

 

『いや、だから説明を』

『ごめんなさいっ!ごめんなざいぃぃ』

 

 本当に、ただ説明して欲しいだけの俺の問いかけが、何故だろう。

『許さねぇ、殺してやる』という脅し文句にでも聞こえているのか。俺の周囲に集まる喧騒は、全て俺への許しを乞うものと、自殺志願者の叫びが重なり、幾度となく俺の声を消していく。

 

『……ふぅー』

 

 俺はひとまず、見慣れた天井を仰ぎ見ると、深く息を吐いた。ともかく、もう誰でも良い。

 

 説明してくれ。

 

 

 

 

<小説ターン了>

 

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