9:恋人の居ぬ間に⑨~ウィズ出張中の2週間~

 

3:気にしない、気にしない

 

 

 いつの間にか、俺の周囲にはたくさんの人が集まって来ていた。集まって来たヤツらに、最初はアンドが目的なのかと思ったが、どうやら違うらしい事が、すぐに分かった。

 集まって来た奴らの目は、全員俺に向けられている。そのどれもが、なんだか懐かしい色を帯びていた。

 

——–マナ無しの能無しが、また何か騒いでいる。

 

 その視線のどれもこれもが、俺をそうやって見ていた。昔はよく見慣れていた筈の、好奇と嘲りと愚弄の色を濃くした目。最近じゃ、あまり向けられる事が少なくなっていたせいで、気付くのが遅れてしまった。

 けれど、気付くのが遅れたからと言って俺のやる事は変わらない。

 

「俺の恋人な。ウィズって言って、物凄く格好良くて綺麗な奴なんだ!こう、月?みたいな感じ!」

「おい、アウト。俺も話を聞きたいのは山々なんだが、ちょっと場所を変えようぜ」

 

 アンドが周囲を見渡しながら、困ったように言う。けれど、まだまだ俺はウィズの事をアンドに言い足りなかったので、気にせず話し続けた。

 

「いいよ。ここで。だって、俺はアンドに話してるんだからさ!」

「……アウト」

 

 そう、俺は格好いい俺の親友のアンドに、大切な恋人であるウィズの事を話しているのだ。外野には、どう思われてもいい。それに、こんなのをイチイチ気にしていたら“マナ無し”は、この世界でまともに生きられない。

 

 どうせ場所を変えたって、この人の多さだ。聞きつけた奴らが、すぐにまたやってくるだろう。それなら、酒の近くで好きな酒を呑みながら話していた方がいい。

 

「それにしても、酒の種類がいっぱいだなぁっ!」

「だな。最初にコレを見た時、アウトが喜びそうだって思ったよ」

「うんっ!今日は来て良かった!」

 

 俺は大きく頷くと、隣にあるテーブルに並んだ大量の酒を前に、胸が高鳴るのを感じた。

 アンドに聞けば、どうやら細かい酒の要望のある場合は、あの燕尾服の従業員に頼めば作って貰えるそうなのだが、自分で好きに飲みたいときは、勝手に酒を注いでいいとの事なのだ。

 

 こんな立派なホールでありながら、そんな自由度の高い飲み方を提案してくるとは。さすが、ビハインドの店だ!

 

「なぁ、アンド!何か酒の要望があれば、俺が良いのを作ってやるよ!何かリクエストをどうぞ!」

「へぇ、酒場ごっこか?じゃあ、一つ。朱割でサッパリしたのを頼む」

 

 酒場ごっこ。

 アンドはそう言うが、ごっことは言え、俺も毎日ホンモノのウィズの酒場で、皆に酒を振る舞っているのだ。ここはアンドに美味しい酒を振る舞ってやらねば!

 

「でさ、でさ!」

 

 俺は手元で素早く酒を作りながら、アンドへのウィズ自慢を止まり続ける事なく話続けた。

 

 

        〇

 

 

 と、うるさい周囲を無視し、好きなように酒を作っては飲み始めて、どのくらいの時間が経ったのだろうか。

手に持っていた酒は、既に4杯目が空になっていた。そのうち、他二人の友人も合流して、俺にとっては楽しい同窓会だ。

 

 時たま周囲から「恋人の描画とかないのかよ」とか、「仕事はなにをしてるヤツなんだ?」とか。はたまた「お前はまだアボードに養ってもらっているのか?」なんて失礼極まりない質問が飛んで来たりもした。

 

 全く失礼な奴らだ!俺はアボードの兄だ!

 アイツに養われていた事なんか、一度もない!

 

「描画は……そう言えば、あんまり出かけないから一枚も無いな」

「ウィズの仕事は、先生だよ」

「俺はちゃんと働いてるから、養ってもらってなんかない!」

 

 そう、手早く答える。そうやって俺が流さなければ、アンド達がすぐに不機嫌になるのだ。無視すれば外野は更にうるさくなるし、これが一番面倒のない対応なのだ。

3人は優しいので、俺に対してよく怒ってくれていたが、いや、そんな事よりウィズの話を聞いて欲しいんだ!俺は!

 

「でさ、でさ!先生をしながら酒場もやってるから、今度三人も店に連れて来いって言われた。本当は俺の隠れ家の酒場だったから紹介したくなかったけど、ウィズがどうしてもって言うから。今度はそこで四人で飲もう!」

 

 俺がそう言うと、三人は互いに顔を見合わせながら「これって絶対、牽制されてるよな」と苦笑し合っていた。

アンド以外の二人は既に既婚者だ。二人からは「俺達は既婚者だって伝えてくれよ。お互いパートナーが一番だってな」と、謎の伝言を承ってしまった。その脇で、アンドは頭を悩ませながら「俺は、そうだな。球が恋人だって伝えてくれ」と口にしていた。

まったくもって、意味が分からない。

 

「アンドって本当に変わってるな」

「アウトにだけは言われたくねぇよ!」

 

なんだ、球が恋人って。あんなに愛好者が居て、どうして球と恋人になろうとするのだろう。どれだけ球走戯が好きなのだろうか。

 

「ふう」

 

 そう、俺はひとしきり恋人のウィズの話を三人に自慢し終えると、酒を呑み過ぎたせいだろう。急に手洗いへと行きたくなった。

 

「ちょっと、俺。手洗いに行ってくる」

「場所分かるか?奥行って突き当りだ」

「ありがと」

 

 俺は、此方を見てニヤニヤと笑う人込みを抜け出すと、近くの扉からホールを出た。通路には殆ど人は居ない。皆、ホールで歓談中なのだろう。

 

「すずしい」

 

 ホールと違って少しだけ空気が冷たい。けれど、酒を呑み過ぎて体の火照っている俺にはちょうど良かった。

 扉を出た瞬間、ホールからは何やら式典の始まりを告げるアナウンスが聞こえて来た。まさか、このタイミングで始まってしまうとは。

 

「終わるまで、入りにくいだろうなぁ」

 

 俺は人通りの少ない通路を、手洗いを目指して走った。

 

「もれる!」