6:ビハインドは卑怯じゃない2
「インが死んでからのアイツは、もうそれまでのオブじゃなかった!あんなの別人だ!オブはあんな奴じゃねぇ!オブは世界の誰も彼もを幸せにしようなんて考えねぇ!そんなお綺麗な人間じゃなかった!たった一人の幸せだけを願ってたアイツにとって、それが居なくなったら、本当はどうでも良かった筈なんだ!」
「ビロウ……」
俺は目の前に立つ、小さな少年のようになってしまったビハインドを前に、自然とビハインドの手へと触れていた。
そして、強く握り締められたその手に、俺はビハインドがずっとずっと心の中に引きずっていた、小さな苦しみの片鱗を見た気がした。
「俺が望んでいたのは、あんな世界じゃなかった……オブの悔しがる顔が見たかっただけだった。それが、あんな事になるなんて、思わなかったんだ」
「あぁ、そうだな。ビロウはいつもみたいにオブと張り合って喧嘩したかっただけだったんだよな」
オブとビロウ。
この二人は、決して仲が良かった訳じゃないだろう。互いに嫌味を言い合って、もしかしたら一つのモノを取り合ったり。勝った負けたと意味のない喧嘩を繰り返していたのかもしれない。
アイツは嫌な奴だ、気に食わない、居なくなればいいのに!そう言いながら、心のどこかでは、その感情を物凄く愉快に感じていたりもしたんじゃないか。
それこそ、まるで本物の兄弟みたいに。
「ビロウ。インが死んだのはお前のせいじゃないよ」
「でも、俺がオブをインから遠ざけた」
「オブが変わったのも、お前のせいじゃない」
「俺のせいなんだよ!?俺がお爺様に言ってそうなるように仕向けた!オブだって俺のせいだと思ってる!だからこそ、ウィズも俺を恨んでるんだ!」
そう、俺に食ってかかりながら、ビハインドの瞳が揺れていた。そんなユラリと揺れる瞳の中に色濃く残る感情。きっと、それこそがこのビハインドの中にあるマナの鍵だ。
「ビハインド、やっぱりお前。優しいよ」
「うるせぇっ!この俺が優しい訳あるかっ!何も知らない癖にテキトーな事を言ってんじゃねぇよ!なんなんだよ!お前は!お前は一体誰なんだ!」
———お前は一体何なんだよ!?なぁっ!イン!インに会いたい!
「っ」
ビハインドの手に触れていた、俺の手がその瞬間激しく払いのけられた。
「ビハインド」
「インでもねぇ癖に、インみたいな事を言いやがって!これ以上、俺を惑わすな!」
その払いのけられた感触が、まるでウィズにそうされた時の事を思い出して、俺は少しだけ胸がツキリと痛んだ。
けれど、今は俺がそんな過去の些細な傷で胸を痛めている場合ではない。
俺に世界の真理を語ってくれた時、ヴァイスは言った。
人が死ぬ間際に持つ感情の中で、最も強い力を持つのが“後悔”である、と。そして、その後悔こそが、次の世界を開く時の鍵を形作るのだ、と。
「なぁ、ビハインド。他人の不幸に、そこまで自分の心を寄せて苦しむ事の出来る人間の、どこがクズなんだ?自分の苦しみと同じモノを抱えた人間に、鎧になってやると声を掛けられるヤツは優しくないのか?」
「うるせぇ!黙れ!何も知らねぇくせに勝手な事を言うな!俺はクズだ!最低の人間なんだよ!」
でも、きっとビハインドのマナの源泉は“後悔”とは少し違う。ビハインドの鍵は、後悔ではなく、そう
自責、だ。
自分のせいで、オブの世界を壊してしまったという“自責”が、今のビハインドを形作っているのだ。けれど、それは違う。皆、結局は自の選択の結果、未来を作りあげていく。
あの二人の結果はあの二人のモノで、ビハインドが背負うべきものではない。
「ビハインド、ちょっと来い」
「っ、なんだよ!」
俺は暴れるビハインドの手を掴むと、先程まで俺が居た手洗いへと引っ張って行った。さすがに、“アレ”をいつ人がやってくるかもしれない、こんな場所でやるのは憚られる。
俺は無理やりビハインドを男性用の数の少ない個室へと押し込むと、後ろ手に扉に鍵をかけそのまま個室の壁へとビハインドを押し付けた。
「おい、テメェ。俺に何しようってんだ」
「別に、悪い事じゃない」
そう、ハッキリと俺に凄んでくるビハインドに俺は、深く息を吸い込んだ。アボードの時もコレで上手くいったのだ。きっと、今回も上手くいく。
多分。
「ビハインド……いや、ビロウ!お前は一度オブと会って来い!会って――」
思い切り、喧嘩して来い!
俺は勢いよく叫ぶと、ビハインドの頭に向かって勢いよく頭突きをした。