15:恋人の居ぬ間に⑮~ウィズ出張中の2週間~

 

9:変化した想い

 

『文字ばっかりの本も良かったけど、こっちの絵がたくさん描いてあるほうの本は凄いよね。みんなソックリなんだから』

「そうだな」

『ねぇ、知ってる?このビロウって子はね、俺より一歳年下なんだけど、いつも泣いてる俺を慰めに来てくれたんだ』

「……へぇ」

『甘いお菓子もくれたし、泣いてる俺の話も黙って聞いてくれた。高い所にあるモノも取るのを手伝ってくれたりしたよ』

「よく覚えてんのな」

『覚えてるよー!だって俺が最期に会えた友達はビロウだもん!』

「っ」

 

 最後のインの言葉に、俺はハッとした。

隣では足をブラブラと動かしながら、なんてことない顔で本のページを捲るインの姿。今、インは何と言った?最期と、言わなかったか。

 

「イン、お前……ちゃんと自分が死んだ事を覚えてるのか?」

『えぇっ!覚えてるよ!タオル!俺の事を凄くバカだと思ってるでしょう!?』

 

 何を当たり前の事を!と、当然めいた顔で此方を見上げてくるインは、正真正銘、俺の知る“イン”で間違いないようだ。

 

「……イン」

 

 そう、そうなのだ。俺がニアにインの体調がおかしいと伝えた後、アイツは坂を転がり落ちるように弱って行った。その頃には、北部からの流行り病の情報もハッキリと届いていた為、そのままインには誰も近寄れなくなったのである。

 

———イン、お前様子がおかしい。今日は帰って寝ろ。

———俺、元気だよ。元気だから、もう少し俺と喋ってよ。

———明日また聞いてやる。今日は仕事せずに家で寝てろ。

———……うん。

 

 そう言って、その明日が来る事はもうなかった。

 それまでも年寄りや子供がバタバタと倒れていく異常な状況の中、子供とは言え、成人間近のインが初めて若者の中では犠牲になったのだ。

 

 このインは、俺の知っている……インだ。

 

『俺ねー、あの時は病気になって良かったって思ったんだよねぇ』

「……なんでだよ」

『だって、オブはもう来てくれないのが分かってたし。期待して苦しいのは辛かったし、オブの事を嫌いになりたくてもなれなかったし。どうしていいのか分からなかったから、もう大人に成らずに済むならいいかなぁって』

「…………」

 

 インの言葉に俺は軽く頭を抱えた。

 インはそこまで思い詰めていたのか、と。泣きながらもオブに会いたいと希望を述べるインは、未来に希望を持っているのかと思っていた。

 

「そうだったか」

 

だから、俺は密かに思っていたのだ。この本のように、インを利用してやろうと。きっとオブを餌にすれば、インを俺の元に囲うのは容易いと。この本の俺は、確かに俺の歩めなかった道の一つである、と。俺は、そう心のどこかで思っていたのだが。

 

「……違ったか」

 

インはオブに会えない辛さで、あの死をも受け入れていた。人間が最も恐れるであろう“死”の概念をも全身で受け止めた。あれはインにとって望んだ“死”だったわけだ。

俺はどこまで浅はかだったのだろう。インを自分の目的の為に思い通りに出来るなど、どうして思う事が出来た。

 

 とんだ、道化である。

 

『でもね』

「あ?」

 

 インが本のページを捲りながら、どんどん成長し本の中の俺と交流を深める描写を眺めている。その目は、どこか後悔を匂わせる目をしていた。

 それは、インには酷く似合わない目にも関わらず、俺にとっては先程までの気分を一蹴させるような目だった。

 

『これを見てると、惜しい事したなぁって思う』

「惜しい?」

『うん、そう。生きてたら、きっとこの本みたいにはなれなくても、何か出来たと思うんだ。まずはさ、ビロウと次の日も会えただろうし、もしかするとオブに会う方法もあったかもしれない。それに、大人になんてなりたくないって思ったけど、今はちょっと思うんだ』

 

 そう言って本から顔を上げ、俺の方を見てくるインは少しだけ泣きそうな顔をしていた。この顔は、本当によく知っている顔だ。俺にとってのインは、オブとは違っていつも泣き顔だったのだから。

 

『大人に、なりたかったなぁって』

「そうか」

 

 俺は自然と自身の手を、泣きそうなインの頭に乗せてやった。昔は背中をさすってやったのだが、体の位置的にも年齢的にも、もう背中というより頭だなと、そう思ったのだ。

 

「もし、ビロウがこの本みたいにお前をオブに会わせてやるって言って誘ってたら、お前はついて行ったか?」

『うん!ついて行ったと思う!』

「ビロウは嫌な奴じゃなかったか?」

『嫌な奴じゃないよ!ビロウは優しかったって言ってるじゃん!なんでタオルまでオブみたいな事言うの?怒るよ!』

 

 泣きそうだった顔が急に不機嫌そうな色に染められる。そして、手に持っていた本を自身の背中に隠すように俺から距離を取ってきた。

 そうか、インにとって“あの”ビロウは優しかったのか。

 

 

——-ビハインド、やっぱりお前。優しいよ。

 

 

 それは、どこかの誰かが俺に言った言葉を彷彿とさせ、なんだかむず痒い気がした。

 こんな俺の、どこを見てコイツらは優しいというのか。本当に、おめでたい奴らである。

 

「ん?……この声、オブ?」

 

 けれど、そんな俺のむず痒さをインの放った言葉の一点が全てかき消す。今、インは何と言った?“オブ”と、そう言わなかっただろうか。

 そう、俺が本を隠すインに向かって呟いた時だった。

 

 店のカウンターの奥から、何やら激しい口論のような声が店の中へと鳴り響いてきた。

 

 

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