19:恋人の居ぬ間に⑲~ウィズ出張中の2週間~

 

エピローグ:恋人と再会

 

 

 

 皇都の夕焼けが眩しい。

 真っ赤だ、真っ赤。あぁ、もう夕日があんなに傾いて。

 

「あー、昨日は飲み過ぎたー」

 

 俺は若干酒焼けのする声を携え、真っ赤に色づく皇都の街を歩いていた。同窓会を終えた俺は、あの後久々に会った友人達と共に明け方近くまで飲み明かしたのだった。

 

「あぁもう。あったま痛い。明日から仕事だけど……コレ、よくなるよな?」

 

 お陰でこうして爽やかな休日の殆どを睡眠に費やした挙句、酒焼けの喉と若干の二日酔いと共に歩く羽目になっている。

 まぁ、仕方がない。久々に会う気心の知れた友人達と夜を明かしたのだ。これで、適量の飲酒でいられる訳がない!

 

「そういえば……ビハインドは大丈夫かなぁ。まぁ、店の人に頼んだし……大丈夫か」

 

 俺はともかく今は寮に帰る事だけを考えて足を動かした。

昨日は浴びるほど酒を呑んだのだ。今日はさすがにビハインドの酒場にも行けそうにない。なんなら、しばらく酒はもう良い……とまではいかないが、ともかく今日はもう飲む気分ではない。

 

 そう、俺が自身の寮を遠目に見渡せる所まで辿り着いた時だった。

 

「ん?」

 

 寮の入口の前に、どこかで見たような人物が立っている。

 あの法服、あの立ち方、あの眉間の皺。

 

「ウィズだ!」

 

 俺はそれまで激しく打ち付けていた自身の頭痛が一気にどこかへ飛んで行くのを感じると、勢いよくその場から駆け出した。

 

「アウトッ!」

 

 どうやらウィズも俺の事に気付いたようで、駆けだす俺の方へと視線を向けた。すると、これは恋人の欲目でもなんでもなく、ウィズの眉間に刻まれていた皺が一気に消え去り、パッと分かりやすい程に、その美しい顔に笑顔が刻まれた。

 

「わぁぁっ!」

 

 その顔を見ると、俺は心底自分が愛されているなと胸を張りたくなる。実際、鼻高々だ。あの仏頂面が俺にだけは、こんなに笑顔になるんだぞ!

 そして、そんな俺も、心の底からにこにこだ。

なにせ、俺もウィズをかなり愛しているからだ!

 

「本当にウィズだ!帰って来るの早くないか!今日の予定だったけ?」

「色々あって仕事が早く終わったんだ!まったく、部屋に居ないからどこに居るのかと焦ったぞ!」

 

 俺はウィズの腕の中で、久々に嗅ぐウィズの匂いにホッと安心した。やはり、ビハインドとウィズでは、その見た目は似ていても身に纏う香りが全然違う。ビハインドは鋭い、けれど爽やかな匂いだった。

 

 そしてウィズは、上品で柔らかい香りがする。けれど、なんだか普段は見ない法服を着ているせいか、インクの匂いも混じっている気がする。これは、とても賢い匂いだ。

 

「……ウィズの匂いがする」

「まったく、アウト。お前は酒の匂いが酷いぞ。俺が居ないからと羽目を外したんじゃないだろうな」

 

 ウィズの少しだけ咎めるような声色が俺の耳を突く。

 

「あっ、えっと」

「まぁ、多少は予想していた。どうせ今日も昼から飲んでいたんだろ?」

「あはは」

 

まったく俺とした事が、自分が匂いを嗅ぐのに夢中で、俺自身が酒の匂いをプンプンまとわせている事をすっかり忘れていた。

 しまった、と俺が体を固まらせていると、頭の上からウィズの笑い声が聞こえてくる。

 

「さぁ、店に行こう。お前が俺の居ない間に何をしていたのか、時系列に沿って全て余す事なく聞かねばならない。お前の事だ。どうせ色々とメモを取っているのだろう?」

「……うん!」

 

 俺はウィズが怒っていない事に、すっかりと気持ちを再浮上させると、夕暮れ時の皇都の街を気分良く歩いて行った。

 そう、俺はウィズに話したい事が山ほどあるのだ。

 

「俺、ウィズに報告する事たくさんあるんだー!」

 

 俺は鞄から気に入りの手帳を取り出すと、パラパラと捲った。どれから話そうか、どこから話そうか。

 

「ふふ」

 

 ビハインドの事。ビハインドと行った酒場の事。ビハインドから聞いた格好良い言葉。足をくすぐってくる魚に、足をコソコソされた事。同窓会で友達と再会した事。そこで、ビハインドが掛けてくれた優しかった言葉。

 

 思い出すと、どれもこれも楽しい思い出ばかりだ。

 

「そうか、余すところなく全部聞こう。ところで……」

「うん?」

 

 隣を歩くウィズが、少しだけ眉間の皺を復活させて俺の肩を抱く。ウィズと外を歩くなんて久々だ。それも、俺にとってはこの上なく嬉しい。

 

「お前は、俺と離れていて……その、寂しかったか?」

「うん!寂しかった!」

「……全然寂しそうに聞こえないのだが」

「だって、今はウィズが一緒じゃないか!」

「そう、だな」

 

 何か思う所のありそうなウィズの返事に、けれど俺は自分の手帳を見るのに夢中だった。こんなにウィズと離れるのは久々だったので、いつも以上に今日の報告会は盛り上がりそうだ。

 

「ウィズ!俺たくさん話したい事があるから、ウィズも出張中の話を聞かせてな!」

「あぁ、そうだな」

 

 そう、穏やかに頷くウィズの姿に俺は軽い足取りで、ウィズの店へと歩を進めた。

 その後、アウトの報告の全てに、ウィズの穏やかさの全てが消え失せるのは、また別の話である。

 

 

 

【エピローグ:恋人と再会】了

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