2:初めての後輩

 

「うーん、今日はちょっと量が多いか?」

 

 郵便飛脚の朝は早い。

 なにせ、各家庭に朝のプレス誌を届けるという定期業務があるからだ。そして、これは往々にして新人の仕事になる。

 

 様々な危険物や、壊れ物、はたまた重要文書などを取り扱う上級飛脚は、経験を積まねばやらせてもらえない。それに引き換え、朝のプレス誌の配送業務は、配る場所も決まっているし、運ぶのも“紙”なので、そう難しい業務ではないのだ。

 

 飛脚から格下げされた俺ですら、人手が足りない時は、プレス誌の配送業務をたまに手伝わせてもらえる。

 

「今日は一束がちょっと分厚いみたいだな」

 

 俺は商会に届けられたプレス誌を、まだ日も登らぬ真っ暗な事務所で一人、数や重さを測って点検をしていた。

 どうやら、今日は少し量が多い。そして、今日からこのプレス誌の配送業務は、新人のゴーランドが引き受ける事になっているのだ。

 

 初仕事でこの量はちょっとキツいのではないだろうか。もし、大変なようなら、今日は俺も手伝う事にしよう。

 

 そう、何と言ってもゴーランドは俺の初めての後輩なのだから!

 

 俺が大量のプレス誌を前に腕を組んでいると、すぐ隣の寮からゴーランドが、昨日と変わらぬ無表情で降りて来た。

 顔を洗った時に濡れたのか、その短い金色の前髪がベチャベチャに濡れている。金色の髪の毛から水滴を滴らせるゴーランドは、それはもう驚くほど素敵だった。

 

「ゴーランド!むーばー!」

 

 むーばー。

 それは昨日、俺が勉強したサファリ地方での朝の挨拶だ。こういう所から、少しずつでも後輩とは会話を図っていきたい。その為に、俺はサファリ語の本だって買ってきたのだ!

 

 俺は西部地方の挨拶でゴーランドに手を振ると、ゴーランドはまたしても、その真っ黒な目を少しだけ見開いて此方を見てきた。

 きっと久しぶりの母国語に、懐かしさを覚えているに違いない。

 

「ゴーランド、これ!今から、はこぶ!」

 

 俺は足元にある大きな袋に詰められたプレス誌を持ち上げる仕草をする。

いや、本当は仕草のつもりではなく、実際に持ち上げたつもりだったのだが、余りの重さに無理だった。

 

「ゴーランド!これ、おもい!はんぶん、おれ、てつだう!」

 

 隣にやってきたゴーランドに、俺はもう一つの袋を用意すると、中身を二つ目に分けようと一つ目の袋に手を突っ込もうとした。すると、その瞬間、俺の腕はゴーランドの大きな手によってガシリと掴まれていた。

 

「ゴーランド?」

「……」

 

 ゴーランドは俺の腕を袋から取り出すように引き抜くと、そのまま片手で大量のプレス誌の入った袋を持ち上げた。俺が両手で本気で持ち上げようとしてもビクともしなかった袋が、ゴーランドにかかれば片手で涼し気に持ち上げられてしまったのだ。

 

「すごいな!ゴーランド!」

「……」

 

 俺が本気でそう言ってやれば、ゴーランドは少しだけ照れたように目を伏せ、そのままペコリと頭を下げて事務所から出て行った。

 

「ゴーランド!めろでぃぺっと!」

 

 めろでぃぺっと、はサファリの言葉で「いってらっしゃい」の意味だ。

これも昨日のうちに勉強した。僅か十五歳でこんな言葉も分からぬ異国の地へと働きに出ているのである。

 俺はそんなゴーランドの先輩なのだから、少しでも彼の助けにならなければならない!

 

「ゴーランド!めろでぃぺっとー!」

 

 俺は走り去るゴーランドの背中に向かってもう一度、大声で「いってらっしゃい」と叫んだ。