3:特別扱い

 

「ごじゆうに、おとり、ください」

 

 俺は商会で皆が休憩する場所に置く為の、食べ物や飲み物を机の上にドサリと置いた。これは、この商会で働く皆への恩恵特典で、毎月お頭から買ってくるように言いつけられているのだ。

 まぁ、恩恵特典なんて言い方をしているが、別にそんなかしこまった決まり事ではない。

 

『ローラー!この金で皆が休憩時間に飲み食い出来るモンを買って来い!ただし!酒はダメだぞ!』

 

 そう言って、事務に降格されたばかりの俺に最初に言い渡された仕事がソレだった。恩恵特典というのは、お頭から皆へのちょっとした休憩時間のご褒美なのだ。

 いつもなら、皆から好評だったお菓子や飲み物をまんべんなく買い込むのだが、今回ばかりは少しだけ違う。

 

「サファリにはこんなお菓子や飲み物があるのかー!」

 

 俺は今回の買い出しで、少しだけ贔屓をした。そう!俺の初めての後輩であるゴーランドの為だ!

 

 今回俺は、いつもは行かない異国の食材を取り扱う店に行き、ゴーランドの出身地であるサファリの特産物を買ってきた。

 丸くて、真ん中に穴の空いた甘味の菓子や、少し独特な匂いの茶をパックにしたもの。他にも色々とゴーランドが地元を思い出して、ほっこり出来るようなモノを多く選んできた。

 

「ろー・どと・れ・いーん」

 

 俺は書き慣れない異国の言葉を、どうにかこうにか「ご自由にお取りください」の下に書き加えた。これはサファリの言葉で「ご自由にお取りください」という意味だ。

 そう、もしゴーランドだけがこの菓子や飲み物について「食べて良いのかな?」と思っていて誰にも聞けずにいたら、可哀想だ。

 

 俺が休憩室に大量のお菓子とメモを置いて「よし!」と、手を腰に当てていると丁度良い所にゴーランドが通りかかった。

 

「ゴーランド!」

 

 俺がゴーランドの名を呼ぶと、ゴーランドは余りハッキリと表情が変わる訳ではないのだが、ギュッと結んでいた口元を少しだけ緩めて、俺の方へと駆け寄ってきた。体が大きいのに、こうやって素直に駆け寄って来るところは、本当に可愛いと思う。

 

 こういう姿を見ると、体は大きくともまだまだ十五歳だなと思えるので、俺は何かある度にゴーランドの名を呼ぶようにしている。

 

 なにせ、ゴーランドは俺の大事な初めての後輩なのだから!

 

「……」

 

 俺の前まで来て首を傾げるゴーランドに、俺は休憩室の机に置かれた菓子を指さした。

 

「ろー・どと・れ・いーん!すきに、たべて、いいよ!こっちは、のんで、いいよ!」

「……」

 

 俺の言葉に少しだけ目を見開いたゴーランドに、俺は念のため真ん中に穴の空いた菓子の袋を開け、一つゴーランドへと差し出した。

 

「めしあがれ!」

「……」

 

 そうやって俺の差し出した菓子をしばらく見つめていたゴーランドだったが、恐る恐る俺の手から菓子を受け取った。ついでに、俺はサファリではよく飲まれるという独特な風味の水出しのお茶をゴーランドのカップに注ぐ。

 

「いつでも、たべて、いいんだからね!」

 

 俺の言葉に、コクリと頷いたゴーランドはその大きな両手に小さな菓子とカップを持ち、ほんのりとその耳を朱色に染めていた。肌の色が俺達とは違うので、なかなか分かりずらいのだが、俺はゴーランドを特別大事に見ているのでよおく分かる。

 

「ローラー。あり……がとう」

「っ!」

 

 そう、どこかたどたどしくゴーランドから口にされた感謝の言葉に、俺はその瞬間、物凄く天にも昇るような気持ちになった。

 なにせ、全く口を利いた事のなかったゴーランドが、初めて俺に話しかけてくれたのだ!しかも、わざわざ難しいであろう此方の言葉を使って!更には俺の名前を呼んで!

 

「すごい!」

 

 初めて聞くゴーランドの声は、十五歳とは思えぬ程、低く、そして落ち着いていた。

けれど、相反するように口にされたそのたどたどしい言葉は、大きな体で精悍な顔つきのゴーランドを、ただただ俺に可愛く思わせるだけだった。

 

「どういたしまして!」

 

 俺はサファリの言葉で何というか調べていなかったので、思わずそのまま口にしてしまったが、こういうのは気持ちなのだ。

 気持ちさえ籠っていれば、きっと俺の気持ちはゴーランドに伝わる筈だ。

 

「ゴーランド!とっても、じょうず、だよ!」

「……」

 

 だって、俺がそう言ってゴーランドのガシリとした肩をよしよしと撫でてやれば、やっぱりゴーランドは少しだけ目を伏せて、今度はその頬を朱に染め上げたのだった。