4:困ったこと

 

「めんどくせぇ!おい、ローラー!この手続き、代わりにやっておいてくれ!」

「はい!」

 

俺は飛脚の仕事からは降格されてしまったが、そのかわりこの商会に関わる飛脚以外の仕事は全部俺の仕事だ。

寮生活をしている皆の食事を作るのも俺だし、皆のお給金の計算をするのも俺、皆の困った事を解決するのも全部俺だ!

 

ここの皆は仕事柄力は強くて、物凄く素早く動けるのだが、なにせバカだ。これは皆の前では口にはしないけど、たくさん文字が書いてある書類が自分宛に届くと、先程の飛脚員のように、俺に書類を投げ寄越して「ローラー!お前読んで対応しておいてくれよ!」なんて言ってくる。

 

まったく、良い大人がなんてザマなのだ。自分宛に届いた手紙の処理くらい自分でやらないと、きっといつか自分が困るぞ!

 

 けれど、そんな気持ちはもちろんゴーランド相手には沸いてこない。

俺は休憩室で、なにやら少しだけ眉を顰めて首を傾げるローランドに、手に持っていた皆の洗濯物を放り投げて駆け寄った。

 

「ゴーランド!」

「ローラー」

 

 ゴーランドは俺が名前を呼ぶと、その大きな体にくっつく、とても精悍で素敵な顔をパッと俺の方へと向ける。いつの頃からだったか、ゴーランドはこうして俺の名前を当たり前のように呼んでくれるようになった。

 ゴーランドはまだまだ十五歳なのに、本当に耳障りの良い低い落ち着いた声をしているので、俺の名前は是非とも何度も呼んで欲しいと思う。

 

「どうしたの?なにか、こまったこと?」

 

 俺は、身振り手振りで困った事を表すジェスチャーをした。いや、眉間に沢山皺を寄せただけなので、どちらかと言えば顔芸に近いかもしれない。

 

「……」

 

 ゴーランドは俺の問いに少しだけ困ったような表情を見せる。俺は、ゴーランドの先輩なのだから、ゴーランドが何か言わなくても分かってあげなければいけない!

 俺はゴーランドの手元にある、文字のギッシリ詰まった文書に目をやると「あぁ」と軽く合点がいった。

 

「ごーらんど、そのてがみ、役儀の徴収だ」

「……」

 

 役儀の徴収。

 俺の全然優しくなっていない言葉に、ゴーランドが首を傾げる。

あぁっ!こんなんじゃダメじゃないか!ゴーランドはまだまだ此方に来たばかりな上に、まだ十五歳なのだ。こんなこの国独自の租税義務なんて知る訳もないだろう。

 

「この国、十五歳より年上は、国に、お金、あげなきゃいけない」

 

 俺は自分のポケットから一枚の紙幣を取り出すと、机の上にむかって「ははぁ」と差し出す仕草をしてみせた。

 

「けど、まだ、ゴーランド、若いから、てつづきすれば、はらわなくて、よくなるよ」

「……」

「役場に行って、てつづきを、するんだよ」

 

 紙にペンで文字を書く真似をしてみせ、差し出した紙幣を、俺はもう一度ポケットに戻した。どうだろう、これで伝わっただろうか。

 

「ローラー」

「ん?」

「……」

 

 ゴーランドが少しだけ眉を寄せて、俺の方を見てくる。あぁ、俺はゴーランドのこの目には弱いのだ。この目を向けられると、他の皆の洗濯物や、他の皆の給金の計算なんて本当にどうでもよくなってしまうのだから!

 

「もしかして、一緒に役場に来てほしいのか?」

「……」

 

 俺の問いかけに、ゴーランドがいつものように耳を朱色に染めて目を伏せる。

このゴーランドの仕草は、その大きな風体に相反してとても繊細できれいだ。近所の女性達から美丈夫と称され始めたローランドの、こんな顔はきっと皆知らないに違いない。

 

俺はそう思うと、いつも非常に鼻高々な気分になるのだ。

 

「よし!ゴーランド!一緒に行こう!まだ働き始めたばっかりのゴーランドに、こんなに沢山のお金を国に取らせやしないよ!」

「ローラー。あり、がとう」

「どういたしまして!ゴーランド!」

 

 俺はその後、本当に皆の洗濯物をほっぽり出して、役場へとゴーランドの役儀の徴収免除の手続きに向かった。そのせいで、後からお頭にこっぴどく叱られる事になるのだが、俺は皆の洗濯物よりゴーランドなのだ!

 

 なにせ、ゴーランドは俺の初めての大切な後輩なのだから!

 

まぁ、そんな事よりも俺は、免除手続きに役場に行った際にローランドが手続き書類の“配偶者”という欄に、まさかの俺の名前を書いた事の方がびっくりだった。

“配偶者”は、確かに難しい言葉だ。だからきっと、ゴーランドはその言葉を「一緒に来た人」という意味と勘違いをしたのだろう。

 

———ゴーランド!ちがうよ!配偶者は、ケッコンした相手のこと!

———ローラー。

———うん、俺はローラーだけどね!

 

 そんな頓珍漢な会話を、クスクスと笑う窓口の女の人の前で繰り広げてしまった。

けれど、俺としてはローランドが何の躊躇いもなく、俺の名前を書けた事の方が驚きだったし、それ以上に嬉しかった。

きっと、初めての先輩でもある俺の名前だけは、一生懸命練習して書けるようになったのだろう。

 

俺はゴーランドの書き損じたその書類を、窓口の人に言ってこっそりと貰う事にした。これは、俺の初めての後輩が、初めて俺の名前を一生懸命書いてくれた紙だ。大事に部屋にとっておくことにする!

 

「ゴーランド!書類、上手に書けたね!」

「……」

 

 俺が褒めると、やっぱり目を伏せて頬を染めるゴーランドの姿に、俺は明日もゴーランドをうんと特別扱いしてやろう!と、心の底から思ったのだった。