こうして、俺と明彦は兄弟のような幼馴染から、同居人、セフレ、恋人と関係性の変遷を遂げ、そして現在、また兄弟のような幼馴染に戻ってきた。
明彦に頼まれるがまま成り行きに身を任せて、一時はどうなる事かと思ったが、やはり人間というものは、最後は決まった場所に落ち着くらしい。
ただ、今までと違う点が一つだけ存在した。
そう、今や明彦の最愛、初めて恋から愛を生むことが出来た筋力天使。
幹夫の存在だ。
正直、俺の周りに明彦のような性的思考を持つ人間は他に居なかった為、心のどこかでこんな日が来るとは夢にも思っていなかった。もちろん、LGBTという性的マイノリティが確かに存在する事は、知識としては分かっている。しかし、知識として知っている事と、本当の意味で理解する事の間には、大きな大きな溝が存在するのだ。
ごくごく一般的な異性愛という嗜好しか持ち合わせて居ない俺ですら、彼女の一人も出来た事がないのだ。その中で、明彦はよくやったと思う。
あまぁ、その辺は、明彦の他者より圧倒的に優れたルックスも一つの勝因と言えるだろう。
そんな訳で、今までは二人しか居なかった関係の中に、幹夫が加わった。
一応、表記的な関係性を列挙するならば、元、俺の恋人の浮気相手、そして今やソイツが明彦の恋人。
もしかすると、二人の関係に幹夫が加わったのではなく、二人の関係から俺が押し出されたと言った方が正しいのかもしれない。なんといっても今や、関係の中心はあの二人なのだから。
俺は今やあの二人の前では、愛の巣の提供者でしかない。
まぁ、多分、二人は多分一切そんな事思ってはいないだろうが。……ここで一つ注意しておきたいのは、これは「二人はそんなひどい事思っていないだろう」という二人への庇いだて等ではなく、アレだ。
この家を普通に自分達の家だと思いるだろうと言い事だ。もしかすると、二人の中では俺がこの家の居候なのでは?とすら思う。
洒落になっていない。このアパートの名義人は俺だ。
さりげなく冷蔵庫にでも、契約書を貼っておくべきだろうか。
「あ」
そういえば、既に冷蔵庫には別のモノが貼ってあった。
【3-B 時間割表】
ここで、一つ驚いた事実が発覚した。俺は幹夫を美少年と称し、14歳、いや高く見積もって15歳くらいだと思っていた。こんな美少年を、一体明彦はどうやってコチラの道に連れ込んだのか。いや、そもそもどこで出会ったのだろう。そう思っていたのだが、違った。
驚いた事に、幹夫は明彦の先輩で、俺の1つ下。
現在高校3年生だった。
まさかの、もう18歳。
彼は日本の法律では既に婚姻できる年齢だったのだ。
——–
—–
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「ふーん、中々うまくつくるもんだね。アッキー、肉じゃがおかわり」
「そうかい、そりゃよかった」
幹夫は俺の家に"ずっと"は居座りはしなかったが、毎日俺の家へ来た。
何をするためか。
そりゃあ、ナニをするためだ。
お陰で毎晩毎晩飽きるほど抱かれまくっていた俺は用済みとばかりに、今では寝室は二人のお城と化している。
その為、俺は二人の濡れ場を目撃した初日から毎晩ソファで眠っている。まぁ、ソファはこだわって高いやつを奮発したから寝心地は意外といい。
薄い壁の向こうから聞こえてくる幹夫の嬌声と、ガタガタと言う物音も、今では子守唄だ。もしかすると、今ではシンとする部屋では逆に眠れないかもしれない。
俺は人間の"慣れ"という順応性の高さを身をもって経験した気がした。
そして、ヤった後、必ず半日は爆睡する明彦のお陰で、俺はこうして飯をせびりにくる幹夫と朝を共にすることが多くなった。
意外にも俺の飯が気に入ったのか、最初は死ぬほど聞かされていた「出ていけ」と言う言葉も、今ではあまり耳にしていない。本当に良かった。あのまま、出ていけコールをされていては俺もそのうち幹夫の時間割の横に、部屋の契約書を貼らなければいけないところだった。
うん、本当に助かった。
俺が少し多めに肉じゃがの肉をよそってやっていると、それを見ていた幹夫が何やら小馬鹿にした口調で俺へと話しかけてきた。
「思うんだけどさぁ、あっきーはどう見ても明彦にとってはタダの都合いヤツじゃん?体提供させられて、金づるで、使用人でって。俺からすればあっきーのポジションって意味不明なんだけど。それで良いわけ?」
相変わらず幹夫は見た目が天使でも言う事は鬼だ。俺には一切歯に衣着せてこない。
まぁ、夜の嬌声同様、この辛辣さにももう慣れた。
慣れたが、ひとまず多めに入れてやった肉は全部抜き取っておこう。
「いいも悪いも……明彦と俺は昔からこんなだ。あと、明彦の親から明彦の養育費は毎月振り込まれてるよ」
「はぁ。それって自慢?明彦と長く居たんだっつー自慢?親公認っつー自慢?明彦は俺が育ててきましたっつー自慢?マジでムカつくんだけど」
「何でこんなのが自慢になるんだよ」
明彦と長い事一緒に居たのも事実。あいつの親が悪気無く育児放棄してるのも事実。俺が面倒を見てやってるのも事実。
どれもこれも事実であって自慢ではない。
俺は肉なし肉じゃがのお替りを手にテーブルへ戻ると、そこには顔を真っ赤にして怒る口汚い天使が居た。
「調子に乗んなよ。明彦に聞いたらあっきーと付き合ってたのは、別にあっきーが好きだったわけじゃなくて、ただ相手が居なくて欲求不満だったからって言ってたんだからな!別に明彦は好きであっきーに付き合ってたわけじゃねーんだよ!」
「だから、わかってるって。どう見たって明彦は幹夫に夢中だよ」
「あったりまえだろう!?俺と明彦は愛し合ってんだからな!」
「わかった、わかった」
「バカにしてんじゃねぇ!?ってか、コレ肉入ってないじゃん!やり直し!」
いつの間にこうなった。
俺は目の前に肉なし肉じゃがの皿を突き出されながら、両手を上げて降参のポーズを取った。
朝から凄い食欲の天使だ。まぁ、幹夫は見た目が天使でも中身は只の育ちざかりの男子高校生に過ぎないのだが。
「早くしろよ!学校に遅刻するだろうが!」
「はいはい」
こうして俺は、いつの間にか明彦と過ごす時間より、この幹夫と過ごす時間の方が長くなっていった。
ほんと、人間関係ってわかんないな。