『イン、キミは今とっても鋭い事を言ったよ!そう、確かにここは今、夜なんだろうね!さすがだ!着眼点が違う!』
『えっ、そうかな?俺、鋭かったかな?ちゃくがんてんが違ったかな?』
『うんうん!最高さ!アウトとインがこの世界の星になる案を採用!で、僕が月!』
『え?月?待って、月って言ったらそこはオブじゃないかなぁ?』
——-ねぇ、オブ?
すると、それまで僕の方を見ていたインが、ふいと反対側へと顔を向けた。すると、暗闇の中、それまでずっと黙って此方を睨みつけていたオブが、僕の視界にハッキリと映りこむ。
『オブが月?いやいや、オブなんかじゃ彼の月としての見張り役には荷が勝ち過ぎてるよ。力不足力不足。マナも懐も足らないね』
『……おい、ヴァイス。ふざけるな。急に、お前が俺達を無理やりこんな場所に連れて来た癖に。そろそろ説明してもらうからな』
そう言って眉間に皺を寄せて此方を見てくるオブは、まるで外に居るウィズとソックリだ。まぁ、元は一人の人間なのだから“瓜二つ”って言葉を地で生き過ぎて、正直気持ち悪いったらない。
『勘違いしないでよ。僕はインこそ引っ張って来たものの、オブ?キミの事なんか呼んじゃいないんだけど?』
『インが連れて行かれそうになってるのを、俺が黙って見てるわけないだろ!』
『あぁ、やだやだ。これだから、自分の鳥かごに閉じ込めておきたい束縛系男子はヤだよ。もう、最近執着攻めは飽和しきってるからお呼びじゃないって気付かない?』
『っなんだと!?このクソジジィ!』
あぁ、もうコッチでも僕はクソジジィ呼ばわりか。
僕が苦労して日々自分の膨大なマナ浪費の為に、若作りして可愛い容姿を保っている努力が、どうしてこうも分かってもらえないのか。
——黙れ、ク、ソ、ジ、ジ、イ!
同期した時に、これみよがしに頭の中で悪態をついてきたアウトの顔を思い出す。
『本当は、インはアウト達の方に一緒に行って欲しかったんだけどねぇ』
『マスター?』
『そ、アウトと一緒に、もっと下まで落ちて欲しかったのにさぁ』
本当なら、インはアウトと一緒に最深部に居るもう一人の彼の方へと向かって欲しかったのだ。その為にインは連れて来たのに。
それを――。
『オブがインを引っ張り上げちゃって。勝手に付いて来て、余計な事ばっかりしてさぁ。お前みたいな予想外な奴ばっかりだから、僕の人生はままならないんだ』
『はぁっ!?当たり前だろ!?インが落ちそうなんだ!引き上げるに決まってる!』
『僕らは、マナだから落ちても死にゃしないよ』
『そういう問題じゃないっ!』
いつもは物静かな癖に、怒鳴る時は思った以上に大声なのは、なんとかならないものだろうか。そして、これはあの石頭にも言える事だ。
——おいっ!この飲んだくれがっ!貴様、アウトの中で変な事をしてないだろうな!?
『俺はっ!俺が落ちてでもインの手を掴むって決めてるんだ!』
『そっかぁ』
『適当に流すな!っていうか!そもそも、さっきの言い方だと、インを突き落とそうとした犯人はお前だな!?』
『執着溺愛攻めはもう十分でーす。飽和してまーす』
『はぁっ!?』
『耳元で叫ばないでよ。うるさいなぁ』
もう、本当にうるさいうるさい!
僕は、そろそろ次の“泣き虫癇癪王様攻め”のお話に取りかからなきゃならないんだ!ここは僕の最後の人生だし、いっぱい物語を残して死ぬって決めてるんだからね!
『そろそろ君たちは番外編行きさ!ばいばーい!』
『意味の分からない事ばっかり言うな!このクソジジイ!』
そう言って、オブが僕に向かって火力強めの視線と拳を作り上げた時だ。それまで僕とオブの間で、迷惑そうに耳を塞いでいたインが、ゴテリと何かに躓いたように体をよろめかせ、
『うわっ!』
その場にすってんころりんと盛大に転んだ。
『イン!?』
『ぐへっ』
インが倒れ込んだ拍子に、地面からは蛙を踏みつぶしたようなくぐもった声が聞こえてくる。その声は、オブでもインでも、もちろん僕でもない。
『……あぁ、こんな所に居たのか』
僕が足元を見て口にしてやれば、そこには転んだインの真下で、見事にインの下敷きになっている一人の男が居た。その彼の顔には、現実世界ではしっかり投げ捨てられた筈の眼鏡が、未だにしっかりとかけられている。
世界を見据える為の眼鏡ではなく、世界から目を逸らす為の眼鏡を。
『うっ、うわ!ご、ごめんなさい!』
『イン!?大丈夫!?おい、お前!こんな所で寝るなよ!インが転んじゃったじゃないか!』
『……ぐるじい』
『あわわっ!すぐにどきますっ!』
そう言って、インが起き上がる際に片手を地面についた時だ。その瞬間、地面に倒れ込んでいた彼、プラスがこの世界が割れんばかりの絶叫を上げた。
『いってぇぇぇぇっ!』
『うわっ!っ!?あっ!あっ!わ、わざとじゃないですっ!わざとじゃないんですっ!』
『イン!そんな変な場所触っちゃダメだろ!あとで、手洗いな!』
目の前で、息子に息子を踏み抜かれて絶叫する男を前に、僕はなんだか肩の力が抜けてしまった。
抜けて、思った。
まぁ、物語というのはいつも、
『なるようになる、よね』
明日は明日の風が吹くし。ケセラセラなのだ。