24:スルーの性教育編③

種の正体

※突然、小説ターンです。

 

 

 

『わ、あ!』

 

 そんな、アンダーの可愛らしい驚嘆の声が、周囲の大人達の中に、まるで花の中を飛び回る蝶のようにフワフワと駆け巡った。アンダーは自分の父親、ビロウに差し出された種にソッと手を伸ばすと、その種を大事そうに両手に包み込む。

 

『これ、が。ぼくの、たね!』

 

 そんなアンダーの様子に、周囲に居たまるで貴族然とした男達が一斉にアンダーの手の中を覗き込んだ。その様子は、まるで普段の貴族たちからは想像できないような、どこか小さな子供のような雰囲気を醸し出していた。

 

『こりゃあ』

『これは……』

 

 アンダーの手の中を覗き込んだ貴族の男二人。エアとオブは、若干呆れたような表情で差し出したビロウを見やる。

 そんな二人に、ビロウは『俺じゃねぇよ』とでも言うように激しく眉間に皺を寄せると、すぐ隣に立っていたスルーへ、クイと顎を向けた。

 

『良かったな!アンダー!お父様からアンダーの種を貰えて!』

『ん!これ、ぼくの、たね!しろと、くろで、かわいい!』

『さぁ、どんなお花が咲くか庭に植えてみたらどうだ?』

『ん!』

 

 スルーの言葉に、アンダーは勢いよく頷くと、父親から貰った“自分の種”をまじまじと眺め続けた。

 

『ったく。スルーの奴、ビビらせやがって。ただの花の種じゃねぇか』

『っは。この際だから、公衆の面前で取り締まられて独房にでもぶち込まれれば良かったのに』

『俺がインを置いて、んなヘマやっかよ?俺を閉じ込められるのはなぁ?インの中だけだっつーの!』

『……っクソ!』

 

 そんな、周囲の貴族たちの騒がしい反応を余所に、その場に居たもう一人の貴族。

ザンは、ただひたすらにアンダーと向かい合って腰を下ろすスルーへと目を向けていた。

 

『……スルー』

 

 種をどこに植えるかと話し合っている、アンダーとスルーに向かって、ザンは思わずスルーの名を呼んでいた。しかし、それは“呼んだ”というより、無意識の呟きに近かった。それ程までに、ザンの声は本当に微かなものだったのだ。

 

『どうした、ザン?』

『……』

『ザン?』

 

 だから、だ。

 ザンは、この騒がしい周囲の中で、きちんと自分の声がスルーへと届いた事に驚いていた。否。むしろ、スルーの名を、無意識に自身が呼んでしまっている事に、ザンはスルーからの返事をもって、改めて理解したのである。

 

『あ、いや』

『ザン』

 

 口ごもるザンに対し、スルーはそれまでアンダーと目線を合わせるように腰を下ろしていた体を持ち上げると、スルリとその目を細めてザンへと近寄ってきた。

 最初に再会した時は、昔と殆ど変わらないように思えたスルーの姿。けれど、その目尻には、やはりあの頃よりはハッキリと深い笑顔の皺が刻まれている。

 

『ザン』

 

 けれど、何度も自身の名を呼んでくれる、その嬉しそうな声だけは、やはり昔となんら変わりないな、密かに思う。

 

『憶えてるか?あの種?』

『っ』

 

 スルーはそっとザンの耳元に口を寄せると、傍に居るアンダーに聞こえないようにするためか、スルーにしては珍しく囁くような声で言葉が紡がれた。そして、囁かれた言葉に、ザンは、先程自分が“あの”種を見た時に思い至った一つの希望的観測が、そのまま事実である事を悟る。

 

『まさか、あれは……』

『そう。あの日“ヨル”がくれた、黄色の花の赤ちゃん種だ』

 

 やはりか。

 未だにポケットから出したり入れたりしながら、嬉しそうに父親から貰った種を眺めるアンダーの様子に、ザンは思わず表情がほころぶのを止められなかった。

 

『お前は……もしかして、ずっと育てていたのか?あの花を』

『そうだ。おかげでな!今、あの村……いや、もう街か。あの街は、夏になるといっぱい、ヨルの赤ちゃん種がお花を咲かせるんだ!』

『……そうか』

 

——-お前が、この種で。村を花でいっぱいにすればいいんじゃないか。

 

 そう、ザンが半ば冗談のつもりで口にした“約束”。それを、この目の前のスルーは、毎年夏を迎える度に、休むことなく、飽くことなく、種を取り、そして植え続けたのだ。

 そして、それは今なお――。

 

『ほら、見てくれ。ここに来る間も道の途中とか、知らない街でもちょっとずつ植えてきたんだぞ。少しずつ植えていかないと、世界をこのお花でいっぱいにする前に、俺が死んでしまうからな』

『……まったく、お前という奴は』

 

 スルーは、ザンと交わしたもっと大きな約束を果たす為に、種を肌身離さず持ち歩いていたのだ。

 

——-そして、最後は世界をお花畑にして埋め尽くそう!

 

 

 長い時間をかけ、たくさん採れたその黄色の花の種は、スルーのボロボロの鞄に、これでもかという程詰め込まれていた。ニアの手紙を受け取り、金も食べ物も殆ど持つことなくスルーは故郷を飛び出してきた。

 その中で、唯一彼が鞄に入れてきたのが、ヨルがくれたあの種だけだった。

 

 故郷は花でいっぱいにした。

 今度は世界を花でいっぱいにする為に。

 

『世界は広いなぁ。こんなんじゃ全然、俺が生きている間には花でいっぱいに出来ないから……悪いが、アンダーにも手伝ってもらう事にした!アンダーはまだ若いから、きっと間に合うだろう!』

『なぁ、スルー』

『ん?』

 

 スルーがニコニコと種を見つめる小さな子に視線を向けながら口にした言葉に、ヨルは、生まれて初めてと言っていいだろう。生まれて初めて、何も思考を挟むことなく、感情のほとばしるままに口にした。

 

『お前は、どうしてそんなに可愛いんだろうな』

『へ?』

 

 そう、何の気のてらいなく口にされた言葉に、スルーは大きく目を見開いて、呆けた声を上げる。そして一拍の後、スルーは勢いよくその場に座り込んだ。座り込んで、その顔を膝の間に隠し頭を腕で隠す。

 

 そんな突然のスルーの行動に、ザンだけではなく、それまで言い争っていた貴族の男達までもがスルーに注目する。「なんだ、なんだ」と口にされる疑問符の中、小さなアンダーだけが、屈みこむスルーを腕の隙間から覗き込むと、そりゃあもう大声で言った。

 

『するー、おかお、まっか!』

 

 その言葉に、ザンは世界が黄色の花で埋め尽くされたような強烈な幸福に、脳天を殴られたのであった。

 

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