———
——-
—-
「ヴァイスー!今回の新作、めちゃ滾りましたーー!最高!!」
「えへへっ!臨場感があったでしょ?でしょ?」
「はいっ!まるで二人のベッドシーンを間近で覗いているような……そんな素敵な……壁になった気分です」
「なになにー!俺にも見せてー!俺も素敵な壁になりてー!」
「俺も素敵なかべ?になりたいぞ!俺にも見せてくれー!」
「いいよー!僕の新作!執着赤ちゃん攻め×完全無欠のママ受け!今回の執筆期間は凄いよ!この長さにも関わらず、執筆に二カ月は要したからね……!余りにもネタが鮮明だと、取捨選択に時間がかかるんだねぇ」
「っすげぇぇ!ナニソレナニソレ!」
「赤ちゃんが交尾するのか!?だったら、もうベストは十分出来るじゃないか!参考に俺も読もう!」
「ハイハイ、ちょうどここには二冊刷った本があるから、どうぞすぐにでも読んでくれたまえー!」
「「わーい!」」
カウンターから離れた席で、ヴァイス、アバブ、バイ、プラスの四人が、これまでにないくらいの盛り上がりでキャッキャッと騒ぎ合っていた。
俺はと言えば、その盛り上がりに眉を顰める男達に、いそいそと酒を提供しているところだ。
あ、ちょうど週末で帰省中のベストには、もちろんルビー飲料だが。
「まったく……プラスの奴」
「つーか。……いつもに増してすげぇ会話だな。素敵な壁って何だよ、一体」
「まぁ、バイの場合。あぁやって知識を得ると、俺で試そうとしてくるからな……俺は今の話を聞いて若干」
「……なんだよ」
「楽しみだ」
そう、騎士の二人。アボードとトウがカラリと酒の入ったグラスを抱え、静かに談笑している。
「トウ。お前、赤ん坊になりたい欲求があったのか。気色わりぃな」
「強い雄程、柔らかさの前には無能に成り果てるモノさ」
「知ったような口を利いてんじゃねぇ」
そう、吐き捨てるように口にするアボードに、俺は、俺のマナの中で、愛子さん相手に借りていた猫のようになるアボードを思い出し、なんだかなぁと、ジッとアボードを見つめた。
「見てんじゃねぇよ。気色わりぃ」
「……お前の酒が少ないから、見てただけだろうが!」
「なら、黙って次の酒を寄越しゃぁいいんだよ!?オラッ」
何故か、今日のアボードは非常に機嫌が悪い。いや、いつも俺に対してはこんな風ではあるのだが、今日は更に酷い。目が合うだけで、「気持ちわりぃ!」「ダル」「見んな!?」「死ね!」と罵声の嵐だ。
「アボード。お前、顔が赤いぞ。今日はもう飲むのは止めたらどうだ?」
「っ!死ね!?赤くねぇよ!勝手言ってんじゃねぇ!さっさとしろ!このクソガキ!」
傍若無人過ぎる!!
しかし、これ以上アボードの機嫌を損ねたらそれはそれで面倒なので、俺は少しアルコールが低めの酒を選んでやる事にした。
まぁ、まだグラス二杯目のアボードが既に顔が赤くなる程酔っぱらってしまうなんて、もしかしたら今日は疲れているのかもしれない。
だったら、少し疲れに少しでも利くようなモノを飲ませてやった方がいいだろう。なんて優しい兄さんなんだ、俺は。
「アボード」
「っ!なんだよ……なんか文句あっかよ。マスター」
「別に。お前、常に身の程は弁えておけよ」
「テメェ……誰に向かって口利いてやがる」
「こらこら。止めないか。アボード、その拳を解け。な?」
「ウィズ、いい加減にしなさい」
なにやら、カウンターの向こうでウィズとアボードが不穏な雰囲気だ。もしかしたら、ウィズも疲れているのかもしれない。
なら、ウィズにも同じのを作ろう。
——アウト。柑橘系は疲労の回復に利く。覚えておくといい。
確か、ウィズが昔そんな事を言っていた。
俺はカウンターの内側から、黄色い丸い果実を取り出すと、その実を包丁で薄くスライスした。その瞬間、俺の鼻孔に酷く惹かれる、さっぱりとした香りが入り込んでくる。
ゴクリ。
俺はその黄色い実に、生唾を飲み込むと、アボード達の酒の事などすっかり忘れて、トントンと実を切りそろえていく。
「っはぁ」
いつもは酸っぱ過ぎて、絶対に直接は口にしないソレを、俺は思わずパクリと口に入れた。すると、どうだろう。いつもは直接口の中に入れるには効き過ぎた酸味が、俺の口内を喜びと共に駆け抜けていく。
何故だろう、俺はずっとコレを求めていたんだ!と心の底から歓喜するような、そんな体中が元気になる爽やかな酸味だった。
あれ、あれれれ?どうしたんだろう。もしかして、俺が一番疲れていたのだろうか。
パクパクパク。
トントントントン。
そこからはもう俺は果実を食べるのに夢中だった。最近、ちょっと夏も極まって暑かったせいか食欲もなかったのだ。だから、久々に何かこうして食べたいと思えるモノに出会えたことが、俺には嬉しくて仕方が無かった。
「……おい、アウト?」
「……お前、どんだけ食べてんだよ?しかも、実ぃ直接って」
「ん?」
いつの間にかカウンターに並ぶ四つの視線が、完全に俺の方へと釘付けになっている。その視線に、俺はハッとすると、手元にこんもりと溜まった果実の皮の残骸に、思わずギョッとしてしまった。
「っは!ごめん!ごめん!美味して、つい!すぐ酒作るから!」
「……おいおい、それがウメェって。味覚まで狂ったんじゃねぇだろうな」
「いや、案外美味しいぞ。疲れてるんなら、アボードも直接食べてみたらいい」
ほい。
そうやって、切りそろえた実をアボードに差し出したが「いらねぇよ。酒に入れろ、酒に」と、すげなく断られてしまった。
なんだよ。美味しいのに。
「は、む」
俺はアボードから断られた果実を口の中に含むと、ジュワリと広がる酸味の世界に、思わず目を閉じた。
「おいし」
そんな俺に、目の前の四人がゴクリと生唾を飲む音がする。あぁ、この果実。確かに匂いだけで、唾液がいっぱい出てくるもんな。わかる。
そう、俺が鼻からその爽やかな酸味の呼吸を吐き出した時だった。
「酸っぱいモノを欲しがるって、なんだか妊娠してるみたいだねぇ!アウト!」
「ん?」
突然、遠くでキャキャッと騒がしくしていた筈のヴァイスが、いつの間にか俺達のカウンターにチョコンと腰かけていた。
その言葉に、俺は何を言ってるんだ!と笑って手を振る。
「そんな訳ないよ!最近、ちょっと暑くて食欲なかっただけ。これ、さっぱりして美味しいしいな!」
「でも、アウト。プラスから聞いたよ。最近ものすごーく仕事中も寝ちゃってるんだってね」
「……プラスの奴、余計な事ばっかり言って」
「あと、ずっと熱っぽいって」
「夏で暑いからだろ」
俺はヴァイスに話しかけられている間も、パクパクと果実を口に含み続ける。あぁ、明日仕事帰りに、この果実を五十個ほど買って帰ろう!そうしよう!
「あ、あ……アウト」
「ん?」
「ちょっと……こっちに来い」
俺が店の果実を全て食べ尽くさんとしているのを悟ったのだろう。ウィズが慌てて俺をカウンターの外に呼びつける。
「ごっ。ごめん!ごめんなさいっ!もう食べません!」
「そんな事じゃないっ!いいか?こっちに……いや、ヴァイス!お前が診ろ!」
「はいさーい!」
ウィズの慌てた様子に、周囲に腰かけていたアボードにトウ、そしてベストまでもが俺をジッと見つめている。そして、その周囲の反応は水面に石を投げ入れたかのように波紋をつくり、広く広く遠くまで広がっていく。
「んー、何事だー?トウ、何かあったのか?」
「いや、アウトが……」
「ヴァイス!アウト先輩、また病気ですか?」
「ふふふーん。どうだろうねぇ」
「ベスト!見てくれ!赤ちゃんみたいなセメだ!」
「プラス、少し静かに……」
なんだ?なんだ、なんだ?
ワラワラと俺の周囲に集まる皆。好奇の目。そして、俺の隣で、いつものスンとした表情などどこへやら。完全に、慌てた表情のウィズが俺の肩に手を回す。
「アウト、ちょっとお腹触るよー」
「なんで?」
「静かにー静かに」
ヴァイスが俺のお腹を撫でる。どうしたのだろう。また俺のマナで何か起こったのだろうか。最近、俺のマナは変なのだ。世界中がお花畑になったり、空から花びらが降ってきたりする。
おかげで毎日俺の中はお祭り騒ぎだ。
「ど、どうなんだ……まさか」
「うん、そうだね。これは確実に――」
“居る”ね。
ヴァイスの言葉に、俺の隣では「ごふっ」と激しい咳ばらいをするウィズが、床に膝をついて倒れた。
「えっ!?ウィズ!一体どうしたんだ!?疲れてるのか!?」
「ちがっ……!あぁぁぁっ。やってしまった!あの時、お前に付けさせたのが……あぁぁっ」
え、え?なんだ?どういう事だ!もっと分かりやすく説明してくれ!俺の中には何が居るんだ!?インかオブか!?たくさん居過ぎてわからないんだがっ!
しかし、そんな俺の混乱を要する叫びなど、一切誰もが相手にしてはくれなかった。広がった波紋は更に大きな輪となり、波動を起こし、繰り返し繰り返し俺の周囲を、理由も分からぬ歓喜が包み込む。
「えっ、えっ!まさかまさかー?アウト先輩!おめでたですか!?相手は誰っすか!?ウィズさん、プラスさん!?それとも、近親相姦!?大穴でショタジジィ攻め!?パパは誰っすか!?総受けの妊娠物議かもしますねーーーー!」
「俺だっ!?俺に決まってるだろう!?」
「あっはー!ですよねぇ!失礼しましたー!」
「待ってくれ!アウトの子のお父さん役は、今度こそ俺だ!ウィズはきっと下手くそだから!俺がやる!俺がやる!」
「何故そうなる!?」
「アボード。とうとうお前もオジさんじゃないか。良かったな?」
「……言ってろよ」
「アウトの赤ちゃん……うう」
「バイ。俺達だってアルファ同士でもどうにか子供は持て……」
「あぁぁぁっ!絶対可愛い絶対可愛い!これからっ、俺の給料は全額推しにベットするっ!金貨金貨!トウ!子供服と乳母車と……あぁぁっ!ともかく全部買いに行くぞ!学窓用の制服も俺が買うから!」
「……っふふ。それはさすがに気が早いんじゃないのか?バイ」
悦び歓喜する周囲に、俺はこの辺りでようやく俺の身に何が起こったのかを悟り始めた。そして、その悟りを確信に変えたモノ、それは――。
「お父さん。兄弟が出来て、俺もうれしい」
「っ!」
そっと俺の手に、小さな手が触れてくる。その瞬間、やっと俺は目の前に立って、ニコニコと笑みを浮かべるヴァイスに目を向けた。
「ウィズの赤ちゃん欲しがってたもんね。おめでとう、アウト」
「っ!あ、あぅ」
俺はヴァイスの言葉に、ベストに握られている方とは別の手で、そっと自分の腹へと触れた。どうやら、まったく分からないが此処には“居る”らしい。
「……ウィズ?」
「……」
俺は床に膝をつくウィズにソッと声をかけた。そういえば、ウィズは赤ちゃんは要らないと言っていた。どうしよう。俺は嬉しいけれど、喜んでいいのだろうか。
そう、俺が返事をしないウィズにどうしたものかと思案していると、それまで、俺の手をキュッと握っていたベストが、スルリと離れていった。
離れて、そしてその小さな体は、膝をつき肩を震わすウィズの前へと向かった。
「ウィズ。いい加減にしなさい」
「……とう、さん」
「不本意でも、予想外でも、しっかりしろ。お前が父親なのだろう」
「はい……でも、俺」
「俺でも出来たんだ。大丈夫、分からない事は“子供”が教えてくれるさ」
「……はい」
震えるウィズの肩を、ベストがそっと叩く。さすがはベスト。オブとウィズの元、お父さんだ。貫禄が違う。
「そうだそうだ!俺でも出来たんだ!やれるやれるー!無理そうなら、俺がいつでも代わってやるから、安心しろー!ラララー!」
踊るプラスを見ていたら、なんだか俺もやれそうな気がしてきた。そうか。プラスも出来たんなら、俺もやれるかもしれない。まぁ、俺は今回“お母さん”だけれども。
「アウト……悪かった。別に、嫌な訳じゃない。う、うれしい……うれしい。うそじゃない。あぁ、うれしいさ!」
必死だ。
完全にすっごく無理をしている。
ウィズの表情は喜びというより、俺のお腹に新しく作られた存在への、完全なる嫉妬心で彩られていた。そんなウィズに、俺はむくむくと湧き上がってくる、あの発情期の日々の感覚が、またしても腹の底から湧き上がってくるのを感じた。
「大丈夫だよ。俺の一人目の子供はウィズだ。ウィズが一番かわいいっ!」
「っ!」
よーしよし。と俺が蹲るウィズの頭を撫でてやると、そのままウィズは俺の腰へと手を回し、俺の腹部へと顔を押し当てた。
「それな、いい……」
そう言って俺の腹に熱い呼吸を吹きかけるウィズの耳は、完全に真っ赤だった。あぁ、やっぱりウィズが可愛い。
こうして、俺はウィズの赤ちゃんをめでたく妊娠し、そしてウィズも俺が産みなおしてあげた。俺の大切な人達も、全員で俺の事を喜んでくれている。
幸福だ、幸福だ、幸福だ幸福だ幸福だ!
でも、どうしてだろう。
あんなにちゃんと避妊具を付けていたのに。なぜ、赤ちゃんは俺の元へやって来たのか。
——-うぃず、ちゅっ。かわい。びくびくしてる。ね。いっぱい、おれの口にだして。
「あぁっ!」
「どうしたっ!?アウト!気分でも」
悪いのか!?
そう勢いよく立ち上がって俺の肩を抱くウィズに、俺は自分の喉を指さして言った。
「たくさんウィズのを飲んだから!口から受精したんだ!だから、俺のお腹に赤ちゃんが来たんだろうな!」
そうかそうか!たくさん飲んだもんな!酒より飲んだかもしれないしな!
理由が分かって非常にスッキリしていると、今度こそウィズは信じられないといった表情で俺に向かって叫んだ。
「そんな訳あるかっ!?」
ウィズのその叫びは、シンとして苦笑を漏らす周囲の中を、酷くジットリと駆け巡っていった。ベストの「そんなに飲ませたのか」というスンとした表情に、ウィズはもうしばらく立ち直れないといった風に、再び俺の腹へと顔を埋めたのであった。
「ふふ。かわい」
俺は熱々の体を携えるウィズの髪の毛に、スルリと指を通すと、これから訪れるであろう慌ただしい毎日を想い、にこにこに微笑んだ。
あぁ、急に子供が二人になってしまった!かわいい!
———
後書き
この後、妊娠で酒の飲めなくなったアウトの暴走や、つわりでの暴走。アウトの出産レポ。ウィズと赤ちゃんの初対面など。
とか、そんな、なんか、普通の幸せな家庭のアレコレが……あります!想像すると楽しいですねぇ。
皆様、読了お疲れ様でした!アンケートに参加してくださった皆様に、感謝しておわりますー!