7:大人なのにどうして

 

 

 俺の事を特別扱いしてくれていたローラーが、みんなに盗られた。

 

 

「おら、ローラー!こっち来い!今ら向こうさんの言う内容を書き写せ!」

「はい!」

「おい!ローラー!俺の下穿きどこやった!?」

「はい!えっと!」

「ローラー!今日は帰れねぇから弁当作れ!」

「はい!ちょっと待ってください!」

 

ローラー!ローラー!ローラー!ローラー!

 

「はいっ!」

 

 

 いつも、ローラーは大忙しだ。

 俺がこの商会に入ったばかりの頃は、俺の事ばっかり気にかけてくれていたのに、今はどうだ。

 

 夏に入ってから、皆が俺からローラーを盗るようになった。

 大人の癖に、あれもこれも全部にローラー、ローラー、ローラー。俺は、まだこないだ十五になったばかりだからいい。

 

 でも、皆はもうずっと前に大人になっている筈なのに、どうして下穿きの場所すら分からないんだ。ちょっとおかしいと思う。

 

「……ローラー、どこ、だろ」

 

 俺はまだ下っ端だし、こないだ入ったばかりだし、十五だし。口下手なせいで、ローラーからは異国人だと思われてるし。

 

「あ、」

ローラーだ。

 

 だから、

 

「ロー」

「おいっ!ローラー!テメェ、こっちの洗濯終わってねぇじゃねぇか!」

「……すみません!」

 

 また、盗られた。

 俺は、こんなにも自分の口下手さを悔やんだ事はないってくらい悔やんだ。歯がゆい。人より話し出すもの一拍遅いし、その後の一言一言もゆっくりだ。口を開くと緊張するから、カラカラになってもっと遅くなる。

 

——ゴーランド!

 

「ローラー」

 

 今までは、ローラーが俺の事を気にかけて、声をかけてくれていた。けれど、今はローラーにそんな余裕はない。俺が話しかけないと、すぐに皆が子供みたいな用事でローラーを盗るのだから。

 

 それに、俺一番おかしいと思うのは、

 

「お頭!書き写しました!」

「あぁ、そこ置いとけ」

「はいっ!」

 

「下穿き、ここにあります!」

「もっと別の場所に置けよ!わかりにきぃんだよ!」

「すみません!」

 

「はい!コレ!お弁当です!」

「おう……って小せぇよ!んな量でたりっか!オメェじゃねぇんだぞ!」

「あっ!もう少し増やします!」

「もう時間がねぇ、ソレでいい!」

「……すみません」

 

 皆、ローラーに「ありがとう」と言わない事だ。

自分が出来ない事をしてもらっている癖に、どうして、ローラーを下に見るような態度ばかり取るのだろう。

 

 ローラーが居なくなったら、皆、困る癖に。

 

「……ダメだなぁ、俺」

 

 ダメじゃない。ローラーはダメじゃない。

 もし、ローラーが。

 

「ロー」

「ゴーランド!来い!急ぎの仕事だ!」

「……はい」

 

 どうして、大人なのにみんな分からないのだろう。

 ローラーが悲しんでいる事を。

 

——-ダメだなぁ、俺。

 

ローラーが嫌になってここを辞めたら……どうしよう。

 

「ゴーランド!この荷物を、明日中に東部まで届けろ!出来るか!?

「……はい」

「返事はもっと元気よくしろっ!出来んのか!?出来ねぇのか!?」

「……できます」

「いや、だから声もっと張れよ!? テメェは声が小さ……」

「うるさい」

「あ゛ぁ!?」

「うるさいっ!いってきます!」

「おいっ!ゴーランド!おいっ!?」

 

 そんな事になったら、俺はどうしたらいいんだろう。

 

——–ゴーランド!

 

 最近、俺はローラーに名前を呼ばれていない。

 

「おうおう、反抗期かぁ」

「若ぇヤツはすげぇなぁ」

「お頭相手に“うるさい”だもんなァ」

「帰ったらドヤされんぞー」

「気を付けて行ってこいよー」

 

「うるさいっ!子供扱いするな!」

 

 うるさいうるさいうるさい!

 皆して、俺からローラーを盗って!

 ありがとうも言えない奴らに、子供扱いなんてされたくもない!

 

 特別扱いして欲しいのは、ローラーだけなのにっ!

 

 

———-

——-

—-

 

「よくやったじゃねぇか!ゴーランド!これで、東部の奴らに一つ貸しが出来たぞ!」

「……」

 

 お頭が俺の肩を乱暴に叩く。痛い。

 

 東部に荷物を届けた。

 頭にきていたせいで、知らない間に全部終わっていた。けれど、どうやらソレは凄い事だったようで、帰ったらお頭は怒っていなかった。

 

 それどころか褒められた。

 

 他の皆からも、届先の東部紹介のお頭からも「スゲェな」と褒められた。

 

 でも、俺が褒めて欲しい相手は、この人達じゃない。

だから、俺は色々な人達から引き留められる中、面倒だなと思いつつ、やっと見つけたローラーに久々に声をかける事ができた。

 

 ローラーのごはんも二日ぶりに食べれた。

 

 嬉しい、嬉しい、嬉しい。

 それなのに、

 

——–わかった!無理して食べなくていいから!残したっていいからね!

——–全部食べたねぇ!良かった!食べてくれてありがとう!ゴーランド

——–ありがどうって、い゛っでくれで……ありがどう

 

 ローラーが泣いていた。

 俺が「ありがとう」って言っただけなのに、泣いた。泣かせてしまった。

 

「……ローラー」

 

 当たり前の事を言っただけなのに、それが特別な事みたいに嬉しそうに泣くから、俺はちょっと頭がカッとしてしまった。

 カッとなって、ちょっとだけいやらしい事をしてしまった。

 

 ローラーの腕を掴んで、顔を近くにくっつけてしまったのだ。

 

—–っは。う。ゴーランド……あの、近くて、はずか、しい。

 

 今、思い出しても俺はとんでもない事をしてしまったと思う。ローラーの腕は本当に細くて、近づけた時に目の中に見えた涙は、キラキラして綺麗だった。小さい口から洩れる声は、俺より高くて震えていて、赤くなった肌が、

 

 物凄く、いやらしかった。

 

「シャワーを、浴びてから、ローラーのところに、行けばよかった」

 

 反省だ。反省。

 きっと、俺は汗臭かったと思う。俺はローラーに臭いと思われたくないのだ。できれば、良い匂いって思われたい。

 いや、匂いだけじゃない。俺の事は、全部“良い”って思われたい。

 

——-はずか、しい。

 

 ただ、あの時のローラーを思い出すと、俺はシャワーを浴びた今も、少し体がヘンになる。あんまり考えないようにしないと、頭も、体も、俺の言う事を聞かなくなる。

 

 あぁ、いやらしい。

 

 

        〇

 

 

「おう、ゴーランド!東部の奴らは何て言ってた?悔しがってただろ?」

 

 広間に行くと、みんな居た。ローラー以外。

 きっと、ローラーはこの暑い中、皆の服を持って洗濯に向かっているのだ。どうしよう、俺の服も臭いはずだ。

 ……これからは、自分の服は自分で洗おう。

 

 

「おい、ゴーランド!」

「お頭が呼んでんぞ!」

「お前、ほんとにボーっとしてんな?」

「……」

 

 うるさいな。

 俺は、すっきりした体で、お頭の言う“東部商会のお頭”の事を思い出した。

 

——いやぁ、助かった!ウチの飛脚員同士が婚姻して華燭の典をする事になってな!明日なんだよ!どうしても驚かしたくて、こんなに急になっちまったって訳だ!

——飛脚員同士?

——あぁ、ソッチじゃ同性婚姻は珍しいんだっけか?こっちじゃ結構普通だからな!つーか、お前、まだ十五なんだろ?スゲェじゃねぇか!えらく男前だしよお!なぁ、こっちに来るつもりはねぇか?今より給料は出せる筈だぜ?

 

 引き抜きをかけられた事は、言うべきだろうか。どうしよう。

 でも、俺は、ローラーが居る限り、ここを動くつもりはない。だから、断ってきたし、わざわざ言う事もないだろう。

 

「……ん?」

「んあ?どうした、ゴーランド」

 

 ローラーは泣いていた。

 一生懸命仕事をしても「ありがとう」も言ってもられない、ダメな大人達のせいで。

 

 だったら、俺がローラーと婚姻をして、華燭の典をあげて、“はいぐうしゃ”にしたら、どうだろうか。

 

———ゴーランド!ちがうよ!配偶者は、ケッコンした相手のこと!

———ローラー。

———うん、俺はローラーだけどね!

 

 そうしたら、もうローラーはここで泣きながら働く必要もなくなるんじゃないだろうか。

 

「お頭」

「お、なんだ?」

 

 俺はコレは良い考えだと思った。ローラーがここに居るから、俺はここに居る。でも、ローラーはここに居ると泣いてしまう。

 

 だったら、ここより沢山お給金を出してくれる東部商会で、一緒に婚姻して、“はいぐうしゃ”になったら、全部解決するじゃないか?

 ローラーは俺だけの為に、ご飯を作り、お弁当を作る。……洗濯は、自分でするからしなくてもいいと言おう。

 

 そして、俺はローラーに毎日「ありがとう」と言う。

 

 良い!

 

「お頭、俺、東部、商会で、働きます」

「……はぁっ!?」

「そして、ローラーを、はいぐうしゃにします。ローラーも、ここを、でます」

「はぁぁぁぁっ!?」

「ローラーと、東部で華燭の典を、上げます」

 

 

 はぁぁぁぁぁっ!?

 

「うるさい」

 

 その日、お頭や皆はいつも以上にうるさかった。必死に止められたし、「不満はなんだ!?」と聞かれた。聞かれたから、不満な事を全部言った。

 そしたら、急に皆してローラーに「ありがとう」を言うようになったし、何故か俺の給金は少し上がった。

 

「……」

 

 本当はすぐにでも東部に行くのを、ローラーに言おうと思ったけれど、

 

「ゴーランド!むーばー!」

「……ローラー、む、む、む」

 

 むーばー。

 消え入るような声でしか返事が出来ない。あの、ちょっといやらしいローラーを見てから、俺はローラーを前にすると、前より上手に話せなくなってしまったのだ。

 

「……」

 

 おかげで、今日も俺はこの郵便飛脚商会に居る。

 もう少し、上手に喋れるようにならなったら、ローラーを俺の“はいぐうしゃ”に誘うと思う。こんなの、いつになるだろう。

 

 早く喋れるようになって、はやくローラーを“はいぐうしゃ”に誘いたい。

 

「ゴーランド!洗濯物出して!」

「……」

「え?今日も?一緒に洗うのに」

「いく、いっしょに」

「そう?なら、一緒に行こうか!」

 

 高速で首を横に振ると、今日も俺はローラーと一緒に洗濯に洗濯へと向かったのだった。

 

 

 

———-

まだ、ゴーランドの中では“はいぐうしゃ”がピンと来てません。知識的には正しいモノを持っているけれど、まだ配偶者は「誘う」ものです。遊びか。

 

まだまだ、心は幼い大きな攻め。