4:こたえ合わせ

 

 

「お食事の皿を受け取りにまいりました」

 

 すると、突然俺の背後から、静かな女性の声が聞こえてきた。透明感がある。けれど、抑揚のない声。

 

振り返ってみてみると、そこには白いメイド服のようなモノを着た、美しい女性が立っていた。その輝くような金色の髪の毛を、高い位置で結い上げてある。

 ポニーテールというやつだ。いいと思う。

 

「あぁ、こちらの事は気にしなくていい」

「……そちらが新しい部屋守の人間ですか」

「そうだ。どうせ、またすぐ老いて変わるだろうがな」

「前回も早かったですからね」

 

 メイド服の女は、俺を一瞥すると、すぐに気にした風でもなく扉の前に立った。もしかして、イーサが見れるんじゃないだろうか。

 

もしかして、声も……聞けるかもしれない。

 

 突然舞い込んで来た思わぬ機会に、俺は心臓がドクドクとうるさく鳴り響くのを感じた。いや、待て。ここが俺の凄まじいイーサ役への未練から生じた夢の中なら、イーサの声を聞く前に、目が覚める筈だ。

 

 大事な瞬間には立ち会えない。そう、夢の相場は決まっている。

 

「……しかし、仲本聡志は期待せずにはおれなかった」

 

 女の白く、そして美しい細い手が、コンコンと二度、部屋の戸を叩いた。何故だろう、もう片方の女の手は空中に向かって盆でも持つような状態で掌を上に向けている。

 

「へ?」

 

 すると、いつの間にか女の手の上には、空になった皿の乗った盆が、音もなく乗っていた。

 

「では、私はこれで失礼します」

「あぁ。ご苦労」

 

 はぁぁぁぁっ⁉

 一瞬で分かったけど、何⁉ 魔法⁉ どうせ空間転移とかソッチ系の魔法なんだろうが!なんでここで使うんだよ⁉ だいたい、そういう魔法って少し高位のヤツだろうが!

 

 扉開けて取りに行けよ⁉

 その手間惜しむな!

 

「と、余りにも期待を裏切られた仲本聡志は、地味な高位魔法の使い方に、内心強い憤りを覚えた。イーサの姿や声が、少しでも聞けると思ったのに、その高まった期待の向かう先は、完全に霧散したのだ」

 

 俺は何事もなかったかのように去っていくメイドの女を、どこか茫然とした様子で見送ると、それに続くように俺に背を向けたエルフの男に、ギョッとしてしまった。

 

「えっ、あの! 説明はっ⁉」

「は? 他に何を言う必要がある?」

「いや、あるでしょう! 気を付けるべき事とか! しなきゃいけない事とか! 逆にしちゃダメな事とか!」

「……だから、お前はここに立っていればいい。それだけだ。交代は時間になったら現れる。夜勤も入るだろうが、休みはきちんと与えられる」

「いやいや! そんな雑なシフトだけ言われても困りますって!」

 

 俺の必死な叫びに、説明役の男は激しく眉を顰めた。いや、そんな顔をされても、こっちは何も分からないのだ。説明放棄なんてされたら、たまったもんじゃないっ!

そう、俺がいつもの癖で、腹から声を張り上げた時だった。

 

 どんっ‼‼‼

 

 俺の隣の大きな扉が、激しく殴打される音が響いた。

その音に、俺はビクリと肩を揺らす。それと同時に、説明役のエルフの男が「申し訳ございません!」と声を上げた。

 

先程までのアンニュイで沈むような声とは違い、今の声は焦っているせいか張りがある。へぇ、張ったら張ったでいい声を出すじゃないか。

 

「来い!」

「うわっ!」

 

 俺は男の力強い手に、腕を掴まれるとイーサの部屋の前から少し離れた廊下まで連れて来られた。

 

「……おい、お前っ!ずっと言おうと思っていたが、お前の声はイチイチうるさい! もう少し声を落とせ!」

「でも、」

「でもじゃないっ! お前はさっき聞いたな⁉ 何をしてはいけないか! 教えてやる! 無駄口を叩くな! お前は黙って寿命まで、あそこに立っていろ! それだけでいい! むしろ、それ以外するな!」

「……そんな」

 

 そりゃあ、あんまりじゃないか! あそこに死ぬまで立ち続ける? 声も上げずに?

 

「あり得ないっ! なんだよ! ソレ!」

「静かにしろっ!またイーサ王子が癇癪を起されるだろうが!」

「……癇癪って。そんな……イーサが?」

「おい……さすがに、敬称はつけろ。いくらイーサ王子が王位継承権の争いから離脱しかけているとは言え、お前……無礼にも程があるぞ」

 

 キラキラと光る銀色の瞳が、焦りから、怒り、そして今は諦めの色へと染められていった。声も、徐々にもとの気だるげな声に戻っている。

 

「王位継承権から離脱……?イーサ……王が?」

「……まだ王ではない。王子のうちの一人だ」

「……イーサ、王子」

 

 俺は男の言葉を反芻しながら、思わずあの大きな部屋の扉へと目を向けた。荘厳な扉。けれど、周囲には誰もおらず、その一つだけ無駄に豪華な部屋以外は、極めて質素だ。長い廊下が続き、部屋はここにしかない。

 

 ここが次期王様の住む場所か?

 イーサの、居るべき場所か?

 

「……そうだ。あの方は、もう百年近くあの部屋から出られた事がない。だから、出世の見込めぬ主への部屋守など誰もやりたがらないんだ。だからこそ、短命なお前ら人間が、あの方の部屋守に選ばれる」

「……ひゃく、ねん」

 

 途方もない時間と、そして、余りにも思っていたイーサとは異なるキャラ設定に、俺は息をのむしかなかった。

なんだよ、それ。そんなの聞いてねぇよ! 俺様キャラじゃなかったのかよ⁉

 

「そう、仲本聡志は憤った。そんなキャラの声に直結しそうな設定、ちゃんと提示しておけよと、心の底から思ったのだ」

「……お前、何をブツブツ言ってるんだ。さすがに聞こえるように話せ。極端すぎるぞ」

「……引きこもりじゃねぇか、こんなの」

「おい」

 

 俺は怪訝そうな顔で此方を見てくる男を完全に無視すると、男に背を向けズンズンとイーサの部屋の前へと向かった。

 

 なんだ、なんだ、なんだよ! イーサ王は俺様で、だけどカリスマ性のある、国民に慕われる王じゃなかったのか⁉

 けれど、王として抱えるその苦悩を、ヒロインと交流していくうちに吐露し、恋に落ちていくんじゃなかったのか⁉

 強い男の、けれどたまに見せる弱さに、日本中の女の子を手中におさめる、格好良い王様になるんじゃなかったのか⁉

 

「引きこもりなんて……」

 

 こんなの聞いてねぇよ‼‼

 

 

 俺は扉の前に立ちはだかると、これまで必死にイーサをやるために自分のありったけの想いを募らせた日々に思いを馳せた。情報を集め、思考し、少しずつ“イーサ”のド真ん中に近づいて行ってると思っていた毎日。

 

 でも、本当は全然違ったのかもしれない。

 

 

——-オレ?ん-?あんまり難しい事はわかんねーんだけど、なんとなく“こうかな”って感じでやってる。オレ、サトシみたいに頭良くないからさ。

 

 

感性でもって、掴み取るべき所だったイーサの可能性を、頭でっかちな思い込みの情報の寄せ集めのせいで、俺はまったく違う場所に向かっていたのかも。

 

「……お前の、」

俺は、

 

——-サトシ! 一緒に台詞の読み合わせやろーぜ!

 

「……声を、」

間違っていたのか?

 

 その瞬間、俺は目の前の扉を勢いよく叩いていた。

 

「イーサッ! 居るんだろ⁉ お前の声を聞かせろよ⁉ なぁっ! おいっ!なんか喋れっ! 答えを教えてくれよっ! 俺は間違ってたのか⁉」

 

 もう夢でも何でもいいから、答えが知りたかった。金弥が選ばれて、俺が選ばれなかった……ハッキリとした理由が。

そうでなければ、納得できない。

 

「おいっ! 止めろ‼ お前は一体何を言っているんだ⁉」

「うるせぇっ! 黙ってろ! 俺は知らなきゃなんねーんだよ⁉ おい! イーサ! お前っ! どんな声なんだ! それさえ分かれば、もう俺は……っ!」

 

 扉を叩く手を止める事なく、俺は腹から声を出す。腹式呼吸は基本だ。もう、当たり前のように腹から出すように習慣付いている。遠くから俺の方へと駆け寄ってくる、あの説明役のエルフとは訳が違うのだ。

 

 俺の声は、どこまでも届く。届けられる、筈だったんだ。

 

「……俺はっ」

——夢を、諦められるんだ!

 

 そう、俺が勢いよく叫ぼうとした時だった。

それまで叩いていた扉が勢いよく開いた。開いた衝撃で、俺の体が勢いよく廊下の壁まで吹っ飛ばされる。

 

「っひっ、ぐぅっ!」

 

 そりゃあもう、凄まじい痛みが、背中全体を通して体全体へと広がる。お陰で、俺の口からは踏みつぶされた蛙のようなくぐもった声が出てしまった。

 

へぇ、壁にぶつかった時って、とっさにこんな声が出る訳だな……くそ、いてぇ。

 

 頭が痛い。めちゃくちゃ痛い。

そのせいで、俺の視界は既に半分くらい消えかかっていた。どうやら、俺はこのまま気を失うらしい。

 

 せっかく扉が開いたのに、残念だ。

 

 きっと、このまま、俺は目を覚ますのだろう。

夢を諦める決意も出来ぬまま、あの世界に。

 

金弥がイーサの声を形作る、あの世界に。

 

「そ……う、なかも、と。さとし、は……おもった」

 

 痛みからは、どんなに三人称視点の語り部を使っても逃れられない。でも、やってしまう。俺の逃げ癖。どうしようもない、処世術。

 

 そのまま、廊下に倒れ込む俺が最後に見たのは、開いた扉が閉まる直前、大きな丸い塊と、その隙間からチラと覗く、黄金色に光るキラリとしたナニかだけだった。

 

 

 

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