5:夢の中のお前

 

 あ、これ夢だ。

 そう、夢の中で分かる事が、稀にある。

 

 この時も、俺にはコレが夢だとすぐに分かった。なにせ、俺の目の前には金弥が居たのだ。しかも、一緒に声優になろうと言い出した、八歳の頃の金弥が。

 

——–サートシ!なぁ!ビットの声やってー!

『なに言ってんだよ、キン。もう俺、ビットの声はやれねぇよ』

 

 無邪気に響く金弥の高い声に対し、俺は声変わりを経て、あの頃よりは随分と低くなってしまった声で答えた。

 そう、金弥は八歳なのに、俺は大人の姿だ。

だから、分かる。これは夢だと。何もない真っ白の空間で、幼い金弥が俺の方を見上げて首を傾げた。

 

——-なんで?どして?サトシはビットの声の人じゃん!

『……ちげぇよ。つーか、俺、もう声変わりしたから。もう、ビットの声は出せねーんだよ。それにさ、』

 

 そう、余りにも純粋な目で此方を見てくる金弥に、俺は思わず目を逸らした。八歳の頃の俺なら、難なくビットの声真似だって出来ただろう。

 

けれど、今は出来ない。金弥のキラキラとした目を受け止める事は、もう出来ないのだ。

 だって、金弥はもう俺の後ろにも、隣にも居ない。

 

 ずっと前だ。だから、

 

『……ごめんな、キン。俺、もう声優は……』

 

 “諦めたんだ”

 その一言が、喉の奥で詰まる。

 

『……ごめん』

 

 代わりに、俺は金弥の顔を見る事なく再び謝った。

あぁ、俺は一体何に対して謝っているのだろうか。わからない。夢なら早く覚めてくれ。今は、金弥の顔を見るのも辛いんだ。

 

 そう、俺が思った時だ。

 

——-サトシと一緒じゃなきゃ、全部、意味ないのに。なんで、そんな事ばっか言うんだよ。

『……っ!』

 

 幼く、高かった声が急に少しだけ落ち着いた大人の声になった。俺はとっさに声のする方へと顔を向ける。

 

——-なぁ、サトシ。また、俺にお手本を見せてくれよ。ずっと、俺と遊んでよ。声優だったら、サトシとずっと一緒に居れるんじゃなかったのかよ。

『キン、お前……』

 

——-お願いだよ。なぁ、サトシ。

『……なんて顔してんだよ』

 

 すると、そこには、余りにも頼りなげな様子で此方を見てくる金弥の姿があった。どうしてだろうか。その顔も、そして言ってる事も、昔と余りにも変わらな過ぎて、思わず笑ってしまった。

 

『ははっ、分かった分かった。俺がお手本見せてやるよ。で、後で一緒に台詞の読み合わせでもするか』

 

 そう言って、俺が金弥の腕を何度かパンパンと叩いて笑ってみせれば、その瞬間、金弥の瞳にキラリとした光が宿った。俺のよく知ってる、金弥の目だ。

 

——やる!全部、やろ!一緒に、二人で!ずっと!

 

 あぁ、俺は金弥のこの目に、ずっと弱かった。

 

『じゃあ、ちゃんと聞いてろよ!キン!』

 

その言葉と同時に、俺は目一杯腹に空気を吸い込んだ。めいっぱい、めいっぱい。これでもかってほどに!

 あぁ、俺は今から金弥のお手本にならなければならないのだ。

 

 そう思った時だ。

 

 あれ?“アイツ”ってどんな声だったっけ?

 

『つーか。アイツって……誰だっけ?』

 

 それを口にした瞬間、俺の視界は暗転した。

 そうだ、コレ――

 

 

———-

——-

—-

 

 

「……ゆめ、だった」

 

 

 俺は最近では見慣れてきた、汚い天井の汚れを見て、思わず呟いた。

朝が来た。小さな窓から漏れる光に、あと少しで起床のベルが鳴り響くであろう事が、本能的に分かる。

 

やっぱり、何度寝て起きても、俺の居る世界は変わらず、この、知らない世界のままだ。

 

「……やっぱ。寝て起きても戻らねーんだな」

 

 俺の寝ぼけた呟きが、静かな朝の空気を伝って俺の耳へと入り込んで来た。うん、今日も俺だ。仲本聡志の声だ。

 

「……キンだった」

 

 夢の中に出て来た金弥の姿を思い出しながら、俺は質素なベッドの上から上半身を起こした。

 夢に金弥が出てきた。ここは、きっと俺の夢の中の世界である筈なのに、その中でも俺は夢を見る。おかしなもんだ。

 

「さん、に、いち」

 

 リンリンリンリン。

 

 俺の体内時計は本当に確かなモンで、今朝も始業ベル三分前に目を覚ました。けたたましい鈴の音が、建物中に響き渡る。

 

「……行くかぁ」

 

 俺は張りのない声で、どうにか自分を鼓舞すると、ダラリとベッドから立ち上がった。