8:食事の時間①

 

 

「……次は何の話にすっかなぁ」

 

 

 声を出すだけで、どうやら俺のストレスの殆どは解消されたらしい。目覚める度に、自分が未だに「セブンスナイト」の世界に居る事を確認し、ひたすら黙って部屋の前に立っていた、あの十日間。

 

 退屈と虚無に支配された、地獄のような時間。

 それが、俺の中で一気に充実した時間へと変化していた。

 

 

「桃太郎、赤ずきん、一寸法師、シンデレラ、三匹の子豚、花さか爺さん……じゃあ、次はヘンゼルとグレーテル?」

 

 俺は、今日も今日とてイーサの部屋守に向かうべく、寄宿舎で足早に朝食を食べていた。この世界の食事は、うまい。セブンスナイトシリーズは、料理システムも充実していた作品だったので、その辺は余り驚かなかった。

 

 この野菜が溶け込んだスープの美味い事と言ったら……。一人暮らしをしていた頃には、考えられない事だ。誰かの作ってくれたごはん、最高。

 

 誰が作ってんのか知らんけど。

 

「でもなぁ、アイツ。ちょっと怖い描写があるだけで、すぐビビるからなぁ」

 

 そうなのだ。

最近は扉越しとはいえ、なんとなくイーサの反応が分かるようになっていた。なにせ「三匹の子豚」で、狼が一棟、また一棟と家を破壊していく描写を口にした時なんかは、部屋から、凄まじい落下音が聞こえてきた程だ。

 

 音から察するに、ベットか何かから落ちたとみえる。

 

「でも、話すのを止めたら止めたで怒るし……。あんまし、怖くない話となると……人魚姫……とか?」

 

 いいかもしれない。

 どちらかと言えば、アイツは男の子向けよりも、女の子向けのお話を好む傾向があるようだし。よし、今日の話は【人魚姫】でいくか。

 

「そうだなぁ」

 

 人魚姫の高い声を、今の俺がどこまで出せたものか。

 

「そう、仲本聡志は赤ずきん以来の、女の子が主人公のお話にソッと喉に触れた。腕が鳴る、というか、喉が鳴るぜと、そんなクソつまらんことを、ワクワクしながら思ってしまったのだ」

 

 俺は片手に持ったパンをスープに浸しながら、ゆっくりと咀嚼した。

 

うん、柔らかいパンにスープがしみ込んで、美味すぎ。

 そう、俺が旨味を最大限に感じるべく、鼻から旨味を含んだ息を吐き出した時だ。

 

「おい! ニンゲン! お前、もう歯が弱くなったのか!? 短命ご苦労さん」

「もう寿命かぁ? 止めてくれよ? 年食って、もう立ってられませんなんて言うのは」

「食うのは飯だけにしとけよなァ!」

 

 そう、同じように食堂で食事をしていたエルフ達が、いつものように俺に向かって馬鹿にしたような言葉を投げかけてきた。

 放たれた声と共に、驚く程の爆笑が食堂中に響き渡る。

 

「……はぁ」

 

 いつもと同じ一連の流れ過ぎて、思わずため息が漏れる。

 

 もう寿命か?

 短命ご苦労さん。

 

 この二つは、本当によく言われる。

どうやら、昔から人間に対して使われる差別用語の代表格らしい。しかし、未だに俺はソレらに一つもピンとキていない。

 

いや、だって意味わかんねぇだろ。「短命ご苦労さん」って。なになに!? 何がどうご苦労さんなんだよ!俺は一体何を上から目線で労われてるんだ?

 

悪口言うなら分かるように言ってくれ、マジで。

 

「と、謎の感情に苛まれもするが。今は、まぁいい。そう、仲本聡志は余裕の笑みを浮かべた」

 

 そう、俺は今、非常に気分が良かった。そのせいで、いつもなら苦笑して会釈する事で流す、先輩エルフ達からの嘲笑に、思わず鼻から息を大きく吸い込む。

 

 あぁ、ほんっと!

 ここの飯は最高に、

 

「うんっまぁっ!!!!」

 

 俺の満面の笑みと、心からの食事への賛辞が、食堂中に朗々と響き渡った。