幕間3:クリアデータ7 00:45

 

 

「えぇぇぇっ!なになになにぃぃっ!イーサ可愛すぎるんですけどっ!どちゃくそイケメンなのにっ!可愛いって!何このギャップ!ゲロ吐きそう!」

 

 上白垣 栞は開始三十分で、完全にイーサというキャラに堕ちていた。

堕ち過ぎて、その口から吐かれる言葉が、全部下劣で下品だった。

 

「イーサ!私が抱きたいっ!ブチ込んでやりたいっ!」

 

しかし、睡眠時間と女としての生活を全ベットした彼女には、そういった気遣いをする余裕は、一切残ってはいなかったのだ。それが、全ベットの代償とも言えた。彼女にとって、今この画面に映る男こそが、初恋であり、今の自分の全てを捧げる男なのだ。

 

まぁ、しかし初恋というには口汚すぎるとも言えたが。

 

「あぁっ!この偉そうな態度っ!誰の言う事も聞くものかという俺様な口調と、常に此方を流し目で見下す美しい金色の眼!輝くような長い金髪を携える高慢そうなキャラデザの癖に……おうおうおう!かーっ!」

 

 栞は近くに転がってた、まだ封の切られていないアルコールに手を伸ばすと、片手をコントローラーから離す事なく、プシュッと缶を指で開けた。そして、そのままゴクゴクと喉を鳴らし、アルコールを喉の奥へと流し込む。

 

 彼女の中からは、最早“行儀”という概念は消え失せていた。

 

「この子っ!迷い伝書堂鳩待ってるじゃん!最初は執務室の机から、たまたま見つけた伝書鳩を『ほう、面白い』とか何とか言って、戯れに始めたやりとりだった癖に……ちょっとずつちょっとずつ、伝書鳩を待つ場所が、窓際に寄って行ってるじゃーん……!待ちきれなくなってるのね……か、わ、い、いっ!王道展開の醍醐味キターーー!!」

 

 栞はアルコール臭くなった自分の吐息をめいっぱい吐き出すと、攻略サイトに選択肢のデータを書き込みながら、目頭を押さえた。

 さすがに徹夜続きで疲れた……

 

訳ではない。

 

 栞はデータを打ち込む微かな合間も、感極まる事を忘れたりしない女なのだ。

 

「はぁぁっ、だから……【窓際の恋】ね。分かりました、分かりました。顔も知らない、誰とも知らない相手からの手紙を待つ……昼間は俺様で高慢で、誰の意見も聞かない自信家な王様。だからこそ、誰を頼る事も知らなかった男が……唯一見つけた心の拠り所」

 

 最高のゲームをプレイしながら飲む酒は、何に代えようもない程の美酒だと言わんばかりに、栞は酒に口を付け続ける。やはりコントローラーは離さない。それは最早、ゲーマーとしての執念とも言えた。

 

「……はぁっん、恋しちゃった」

 

 栞は、最早この一週間で七度目になる恋にストンと落ち切ると、うっとりした目線で、画面に映り込むイーサを見つめる。

 しかし、その目も次の瞬間には、キラリと獲物を見る捕食者の目へと変わった。切り替えが早い。

 

 彼女はいつもそうだ。ゲームでも、現実の恋愛でも。その切り替えの早さは、獲物を前にしたアサシンよりも素早い。

 

「さて、ここからはイーサを落とす為にパラメータを効率良くあげなくちゃ。あと、絶対に【セブンスナイト】の事だから、隠しダンジョンと裏ボスが居る筈よね。イーサを落としつつ、そいつら全員殲滅して……うーん、パーティ編成はどうしようかしら。今回の主人公の職種はドラゴンマスターに就かせて……そして、」

 

 栞はひとしきり今後のキャラと技の育成と、パーティ編成について思考を巡らすと、次の瞬間には背筋をピンと伸ばして「よしっ!」と声を上げた。

 

「早いところマイナの森を抜けて、イーサと直接会わなくちゃ。直接会えないもどかしい時間が恋心を育む土壌になるのは間違いないけど、それにしたって恋する二人は“会わなきゃ”始まらないもーーーん!」

 

 栞は充血した目で大いに叫んでみせると、酒からもパソコンからも手を離し、両手でしっかりとコントローラーを握りしめたのであった。