『……え?』
キィと、イーサの部屋の扉が開いた。そして、もう最近では見慣れてきたイーサのしっかりとした腕が、いつものようにヌルリと部屋の中から出て来る。
『イーサ?』
イーサの腕がヒラヒラと手招きをしてきた。
来て、こっちに来て。はやく、はやく。そう、その手はいつだって俺の事を賢明に呼ぶのだ。
『どした?』
俺は手招きをしてくるイーサの手に、先程まで燻ぶっていた腹の底の嫌なモノが、一気に霧散していくのを感じた。
こんな幼い動きをしてくるから、目の前の腕が自分よりもガシリとした男の腕だとしても、俺はイーサを子供扱いせずにおれないのだ。
『ん?』
イーサの腕の前に立ち、ヒラヒラと動く手に、俺は首を傾げた。
『俺は何を致しましょうか?王子様』
わざと畏まって問いかけてみる。すると、突然イーサが俺の肩腕をガシリと掴んだ。そのせいで、それまで手に掴んでいた揚げ菓子の袋が、床にバサリと落ちる。
『ちょっ、イーサ?』
けれど、イーサは俺の落とした袋の事なんて一切気にした風でもなく、掴んだ腕から、その感触を確かめるように俺の手首まで、指を滑らせた。
『は、え?ちょっ、な』
その触り方が、先程の手招きとは違い、急に蠱惑的な色気を漂わせてくるモンだから、俺は一瞬扉の向こうの相手がすり替わってしまったのかと錯覚した程だった。
そして、ツと腕を伝ったイーサの指が俺の掌に到着した瞬間。
『へ?』
シャラリと金属音の擦れる音と共に、ヒヤリとした何かが、俺の手の中に納まっていた。
『なに、これ』
俺の手から、イーサの手がスルリと離れていく。そして、俺の掌の中に残った、そのヒヤリとしたナニかに、俺は目を瞬かせた。
『ネックレスだ……』
イーサに手渡されたのは、黄金色に光り輝くネックレス。
ネックレスの先に付いているモチーフをよく見てみれば、それはシンプルなひし形の文様で、上下を別けるように切り離された形をしている。
あぁ、これって。
——おっしゃれー!
『……クリプラントの、国章だ』
おしゃれなモチーフだからって、俺は平日の昼間。こっそりとガチャガチャコーナーで、周囲に誰も居ない事を確認して、一度だけお金を入れたのだ。そしたら、一発で出た。あのキーホルダー。
それと、今俺の手の中にあるネックレスのモチーフは、まるで同じ形をしていた。
『いーさ。なん、で?』
俺は一瞬意味が分からなかった。キラキラと輝くソレは、俺の手の中で分不相応とばかりに、高貴な輝きを放ち続けている。これは、明らかに俺の手に余る。いや、形としてはしっかり収まっているのだが。
いや、そうじゃなくて!
『な、な、なっ!イーサ!?なになになに!?これ!絶対、俺が持ってていいやつじゃないよな!?なんで!?なんで、今これを俺に渡した!?返す!』
大混乱の中、未だに俺の腕をスルスルと撫でるイーサの手へと問いかける。
あぁ、これ。傍から見たら一体どんな風に見えているのだろうか。すると、俺の必死の問いかけに、それまで俺の腕を撫でていたイーサの掌が、俺の顔の前へとかざされた。
『っ!』
とっさに体をビクつかせ、目を閉じる。そんな訳ないのに、殴られる、と。そう思ってしまったのだ。
すると、次の瞬間、今度は俺の頭の上に何かが触れる感触が走った。
『あ、え?いーさ?』
俺の頭は撫でられていた。イーサの、その大きな手に。まるで、俺が子供扱いを受けているようだ。
これは、まさか。
——イーサ、じゃあ今日はご褒美に、
『ご、ごほうび?』
するする、わさわさ。
俺の問いかけに、まるで『そうだ』と言わんばかりの様子で、俺の髪の毛がクシャクシャにされる。
『もし、かして……俺が、金ない、なんて言ったから?』
クシャクシャ。
おい、まさかウソだろ。けれど、俺の戸惑いを余所に『ああ!そうだ!えらいだろ!』と言わんばかりに、得意気な様子を腕に纏わせながら、先程よりも、もっと激しく俺の頭は撫でられ続けた。
『いや、イーサ。まって、これ』
バタン。
俺が混乱の最中、必死にイーサの手に声をかけようとした時だ。イーサの手は、出てきた時同様、スルリと音もなく離れていくと、目の前の扉の向こうへと引っ込んでいった。
『えっ、えぇぇぇ!?ちょっ!待って!イーサ!待って待って!』
俺の手の中には、明らかにゲームでいう所の、最終イベントで授かりそうな貴重品アイテムが、キラキラと輝きを放ち続けていた。
こういうご褒美は絶対にしちゃいかんやつだろーー!?