≪クリプラントの勇敢で崇高なる兵士達よ。私は、このクリプラントの王、ヴィタリック陛下の第一姫ソラナです≫
「っ!」
凛と響く、澄んだ女性の声が、周囲の雰囲気を一変させた。
その声は、どこか優し気な揺らぎに満ちているのにも関わらず、その芯はピンと筋が通っている。本当に、美しい声だ。
そして、俺はこの声をよく知っていた。知っているもなにも、ずっとファンだった。この人が出演するアニメは全部見ていたし……その、キャラソンのCDだって持っている。「天使の声」と呼ばれるこの声こそ、この人の出す声質の真骨頂だ。
「華、沢さん?」
——-に、人間の雄が、私に気安く話しかけないで。ぶ、無礼よ!
その瞬間、俺はあのツンとして高慢な、あのメイドさんの姿を思い出していた。しかし、何故だろう。見上げた先に居るのは、もちろんメイドさんの格好をした彼女ではない。
≪私が、貴方方に伝えたい言葉は一つです。この国の為に、無事、生きて帰りなさい。姫として、私は貴方方の命だけを想い、これからの日々を過ごします≫
遠目で分かりずらいが、そこには鮮やかなピンク色のドレスに身を包み、優し気な微笑みを浮かべる女性の姿があった。日の光に照らされて光り輝く金色の髪の毛は、ゆったりとしたウェーブががかり、肩から胸元にかけてゆるく前で束ねられている。
「め、女神だ」
「あれはヤベェよねぇ」
「さいこう」
「気が合うじゃん。俺もそー思うわ」
テザー先輩と俺は、漏れだす気持ちを静かに吐き出し合った。
今や、肩の荷物による気だるさも、足に掛かる疲労感も一切感じない。これだから、男と言うのは単純な生き物だと思う。でも、だからこそ男で良かったとも思うのだ。
「イイッ」
「わかる」
互いに視線はソラナ姫に完全ロックオンである。まさか、生で華沢さんの声を聞く事が出来るとは。
あぁっ!これは完全に、華沢さんの読み聞かせライブだ。
俺とテザー先輩同様、周囲のエルフ兵達の声から、静かに感嘆の溜息が漏れる。この周囲との一体感。完全にライブのソレだ。ここに居るのは、皆、同じ推しを推す仲間だ。
「お前、ソラナ姫のどこ好き?」
「どこ?」
「とぼけんな。俺はぁ、ウエストのくびれからケツにかけての体のラインが一番クるねぇ。肉の乗り方よ」
「あぁ、そういう……だったら俺は」
もう完全に吹っ切れたのか、テザー先輩が急にそんな下世話な事を聞いてきた。しかも、またそんなマニアックな部分を。
「俺は……」
俺はと言えば、完全に華沢さんのライブに来た感覚だったので、ジッと壇上のソラナ姫を見つめながら言った。
「こえ」
コッチ見て、名前、呼んでくんねぇかなぁ。
そう思った瞬間。
「っあっつぅぅぅぅっ!」
「はっ!?なっ!」
突然、ネックレスが急激に熱く……いや、冷たくなった。
しかも、ちょっとやそっとの冷たさではない。首元に激痛を走らせ、冷感を思わず「熱い」と表現してしまう程の冷たさだ。それはまるで、首元にドライアイスを押し付けられたような……そんな、ハッキリとした痛覚への刺激だった。
酷くアベコベだが、その余りの冷たさに、俺は思わず「熱い」と叫んでいたのだ。
「イデデデデッふぐっ!」
「おいおいおいおいおいっ!」
そりゃあもう、この俺、大得意のドデカイ大声で。
そんな俺に対し、隣に居たテザー先輩が、慌てて俺の口を塞ぐ。それと同時に、俺の視界からソラナ姫が消えた。
「ぁ」
だた、最後に一瞬だけソラナ姫が驚いたような表情で此方を見ているのが見えた。俺は馬鹿だ。熱くて痛くて、周囲から注目を浴びてしまっているのにも関わらず、腹の底で「やった」なんて思っているのだから。
ソラナ姫が、いや推しが、いや華沢さんが……こっちを見てくれた。かわいい。
「おいっ!そこ!静かにしないか!」
「っも、申し訳ございませんっ!」
「っはぁ、っはぁ」
ジワリと残る痛みの中、肩で息をする俺に対し、テザー先輩が慌てて謝ってくれている。気付けば、ネックレスから放たれていた火傷するような冷たさは消えていた。
これは、一体何なんだ!
「……おい、どうした」
「……ねっくれすが、きゅうに、冷たくなって」
「後で見せてみろ」
「……うん」
テザー先輩の言葉に、俺は静かにコクリと頷いた。首がヒリヒリする。キーンと冷たい、刺すような痛み。その痛みに、何故か俺は、イーサの癇癪が耳の奥で激しく響いてきた気がした。
——–サトシは、俺の!イーサのだろう!言ったではないか!他の者に目を奪われるのはぜったいにダメだ!わかったな!分かったのか!?分かったと言え!サトシ!
おいおいおい。まさか、まさかぁ。
「まっさかぁ?」
この時ばかりは、さすがに「分かった、分かった」と苦笑して頷く事は出来なかった。けれど、さすがに怖かったので、その後、スピーチが終わるまで、俺はソラナ姫を見る事は出来なかった。