78:魔法の正体

 

 

 ただ、一つだけ分かるのは。

 

 

「……魔法を使うのも、楽じゃないんすね」

「……お前、全然分かっていないだろう」

「ちょっ、急に、真面目な喋り方に戻らないでくださいよ」

「こっちの方が効果的かと思ってな」

「使いこなしてるー」

 

 そう、二つのキャラを絶妙に使いこなし始めたテザー先輩に、俺は思わず苦笑してしまった。俺だけでなく、普段から他の皆にもこんな感じで喋っていればいいのに。その方が、きっと先輩も生きやすいだろう。

 

「じゃあ、この採掘をしなかったら?」

「クリプラントの大気中のマナが希薄になり、魔法が使えなくなる」

「……へぇ」

 

 魔法って呪文さえ唱えれば、不思議な力で何とかなる便利な力なのかと思っていた。けれど、実際はそうじゃなかったようだ。

 

「なんだ。“魔法”は“魔法”じゃなかったのか」

「一体お前が魔法にどんな印象を持っていたのかは知らんが……知識のない者が原理も分からず目にした結果のみを “魔法”と呼ぶのであれば、確かに、これは魔法ではないな」

「へ?」

「強いていうならばエルフにとってコレは……」

 

 テザー先輩は再び掌を広げるとそこには雪で作られたウサギが、ちょこんと乗っかっていた。そして、先輩の得意気な視線が、俺へと向けられる。

 

「“技術”だな」

「技術?」

「そうだ。なまじ、自分達が出来ない事象に対する、“結果”だけを見るから不思議に見える。しかし、この雪のウサギの具現化も、細分化すれば多くの作業工程を経た結果に過ぎん」

「細分化……」

「そうだ。皆、その作業工程を修練により省略し、結果のみを導き出すからこそ、お前には“夢のある魔法”に見えるんだろうよ」

 

 説明するテザー先輩の掌の上で、少しずつウサギが溶けていく。

溶けて地面を濡らすソレに、俺はふと思い出してしまった。

 

——–ざどじぃっ!行ぐな!行ぐなぁっ!また、あもをしゃべらせろ!いーざを好きだと、だぐざん、おじゃべりざぜろっ!

 

再び頭の片隅で、イーサが大泣きしてジタバタと暴れ回っている。

 今頃、イーサはどうしているだろうか。俺が居ないからと言って、泣いていないだろうか。

 

 いや、なんだよ。この思考。

……俺はイーサの母親かよ。いや、イーサにとってはペットとか抱き枕と同じなんだろうが。

 

「……やめだ、やめだ。考えても無駄な事は、考えるな。と、仲本聡志は頭の中で泣き喚くイーサに、ソッと蓋をした」

 

 そうだ。

金弥にしても、イーサにしても、傍に居てやらねば、いくら心配したとしても慰めてやる事も出来ないのだ。心配してたんだぞ、なんて後から言っても、意味はない。“今”泣いているかもしれない二人に、結局のところ、俺は何もしてやれないのだから。

 

「あーぁ。先輩が余計な事を言うから、俺にとっても先輩達の魔法が“技術”になっちゃったじゃないすか」

「腹の中にマナが眠っているなど、そんな荒唐無稽をいつまでも信じるな。……また、アイツらにバカにされるぞ」

 

 先輩は転異ゲートから次々に現れる、同じ隊の皆を横目に見ながら静かに言った。どうして、先輩が今更そんな顔をするのだろうか。

 分からないが、まぁ、俺の為に教えてくれたのは確かだ。

 

「……まぁ、馬鹿にされるのはどうでもいいですけど。せっかく先輩が教えてくれたので、覚えておきます」

「そうしろ。これは、今回の任務の最根幹を担う常識だ。今から自分が何の為に、どう動かねばならないのか。お前はしっかり理解しておく必要があるぞ」

 

 テザー先輩の髪の毛が、フワリと風に乗って靡く。薄暗い山の中であっても、先輩の銀色の髪の毛はキラキラと輝いていた。

 ただ、先輩の目だけは、どこか厳しい色をたたえながら、坑道の入口をジッと見つめていた。

 

「今から俺達は、クリプラントの生活に必要不可欠なマナの採掘に向かう。マナは国民にとっての生活の生命線であり、国防にも直結するからな。……だからこそ、この任務には“勅命”が用いられるのだという事を、重々理解しておけ。この責務からは、クリプラントの兵たるもの、何人たりとも逃れられない」

「はい」

「マナは自然界のモノだ。個人で保有する事は、まず不可能なんだよ」

 

 テザー先輩の真剣な声に、俺はやっと先輩の真意を理解した。

先輩は分からせたかったのだ。この任務の重要性と、伴う危険性を。なにせ、遺書を書かせるほどの事だ。魔法、魔法とフワフワした感覚で事に当たれば、きっと確実に死ぬぞと言いたいに違いない。

 

「……王族以外は、だがな」

「え?」

「おーい!お前ら何やってるんだー!集合だぞー!」

 

 そう最後にボソリと呟いたテザー先輩の言葉と同時に、坑道の入口で俺達を呼ぶ声が聞こえた。

 先輩は掌の上にあった雪ウサギを、ポイとその辺に放り投げると、当たり前のように俺の手を引いて歩き出した。

 

「……先輩?」

 

 どうしたのだろう。もう、先輩の反抗期は終わったのだろうか。終わってくれたのであれば有難いことだ。ただ、終わった途端、先輩が“お兄ちゃん”みたいになってしまったのには、少しだけ戸惑う。

 

「サトシ・ナカモト」

「なんですか?」

 

 急に呼ばれる名前。当たり前のように引かれる手。その手は先程まで雪ウサギを持っていたせいか、ひんやりと冷たかった。

 

「頼むから、長生きしてくれ」

 

デジャヴ。

出会い頭同様、急に孫がジジイに言うような温かい台詞を吐いてくるではないか。と、本当に初めてテザー先輩に相対した時と同じような事を思ってしまう自分に、俺は思わず苦笑してしまった。

 

ただ、少しだけ強めに握り締めてくる先輩の手に、俺は考えを改めた。

 

「どっちかと言うと……俺は、ペットみたいなモンかな。そう、仲本聡志は先輩の銀色の髪の毛を見つめながら思った」

 

 寿命の短い、弱い生き物。

 エルフにとって、俺はそんな存在なのだろう。

 

「分かりました」

 

 俺は冷たかった先輩の手が、少しずつ温かくなるのを感じながら深く頷いた。すると、同時に首元のネックレスもジワリと温かくなる。

 そういえば、さっき、ソラナ姫の演説の時に、死ぬ程冷たくなったのは何だったのだろうか。結局、テザー先輩に見てもらっていない。

 

「……あったかい」

 

ただ、温かさを増したネックレスに、俺は、先程蓋をして隠した筈のイーサがひょこと顔を出してくるのを見た気がした。腕の中には、にっこりと笑う“あも”も居る。イーサの目には、もう涙は流れていない。

 

そして、顔を出したイーサは言うのだ。

 

——–サトシ、死ぬなよ。ぜったいだ。わかったか?わかったのか?分かったと言え!

 

 わかった、わかった。

そう、胸のネックレスに手を添えながら頷くと、俺はまたしても、まるで呼吸でもするように思ってしまった。

 

 イーサは今頃どうしてるんだろうなぁ、と。

 

 

第2章:俺の声はどう?
米騒動
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