85:俺の望む主人公

 

 

 突然、手渡された名前付きの首輪。

 炭鉱に入った途端こんなモノを付けさせてくるとは、一体どういう事だろう。先程のテザー先輩の言葉もそうだったが、この炭鉱での、俺達“人間”の役割と、深い関係がありそうだ。

 

「おら。サトシ・ナカモト。オメェもさっさと付けろ」

「……あ、はい」

 

 隊長の言葉に俺が隣に立つエーイチへと目をやると、既にエーイチはその細い首に首輪を付けていた。

 

「首輪かぁ。初めて付けたけど、なかなかかもね……どう?似合う?」

「あ、うん。似合ってるよ」

「ふふ」

 

 俺の返答に、エーイチは嬉しそうに笑う。ここは「似合うよ」で良かったのだろうか。むしろ、エーイチは似合いたいのだろうか。

 

「えっと、あぁ。こうか」

 

 そんな事を思いながら、俺も手早く自身の首に首輪を付けた。外からは余り見えないが、俺の首にはイーサのネックレスもあるので、首だけ装飾過多になってしまった。ネックレスはともかく、首輪は存在感があり過ぎて、少しばかり鬱陶しい。

 

「付けたな。どれ、見せてみろ」

 

 そう、隊長二人が、首輪を付けた俺達を見下ろすと、ついでに俺達の首輪に指をひっかけ、本当に付けているかのチェックまでし始めた。

 

「こっちは付いてるぞ」

「こっちもだ」

 

 二人は互いに顔を見合わせ、首輪の厳重さを確認すると、すぐに俺達の首輪から手を離した。

 

「この首輪は、目には見えねぇが、それぞれ隊長である俺達にマナの糸で繋がっている。もし、この任務の最中、逃亡を図ろうとしてもすぐにバレるから、そのつもりでいろ」

「へ?」

 

 呆けた俺の声が、耳の奥に響く。

 俺は、思わず先程付けたばかりの首輪に手を添えた。それは触れてみるだけでは普通の首輪だが、なんとなく。そう、何となくなのだが……もう、絶対に外そうとしても取れないであろうことが、本能的に理解できた。

 

 え、マジで?

 

「毎年、この任務に連れて来られた人間は絶対逃げ出そうとするヤツが出てくるからな。保険だ」

「言っとくが、逃亡なんかしやがったら、首輪がお前らを絞殺すから。そのつもりでいろよ」

 

 えーーーー!!

 絞殺すって言った!?今この人、平然と絞め殺すとか言ったけど!?聞き間違いじゃねぇよな!?

 

「ちょっ、ちょっ、え!?」

「はーい。わかりましたぁ」

「え、何が分かったの!?今ので納得できた!?」

「うん、逃げたら絞殺されるんでしょ?わかったよ。ちゃんと理解した!」

「理解と納得に大きな隔たりを感じる!」

「?」

 

 俺の隣では、エーイチが「サトシ、何言ってるの?」という純粋無垢な目で俺を見ている。しかも、その顔ときたら、最初に俺が見た時と変わらず、人懐っこい丸い笑顔を浮かべているではないか。

 

「えぇぇぇっ」

 

 もしかしてこの子は、ちょっとアレな子なのだろうか?それとも、こういうのが俺の望む、ビット的な主人公なのだろうか。確かに、何でも信用する感じだし。

 

「いや、ちげぇし。ビットはこんなんじゃねぇし!」

「なになに、どうしたの?サトシ」

「くぅぅっ」

 

 純粋な目と声!確かに、主人公っぽくはあるのだが、でも、いや、違う!ビットはこんなんじゃない。こんな……なんか違う!

 

「おうおう、相変わらずエーイチは物分かりが早くて良いなぁ。良い子だ」

「はーい」

 

 向こうの隊長が、エーイチの頭をワシャワシャと撫でている。それに対し、エーイチは嬉しそうにニコニコと笑う。このキャラだ。きっと部隊の中でも大いに可愛がられているに違いない。

 それに引き換え俺ときたら、

 

「おい。サトシ・ナカモト。お前も同じ人間なら、ちったぁあんな風に可愛げ持てや。あーぁ。どうせ引き入れるなら、俺もあんなのが良かったぜ」

「……」

 

 コイツ……!

 絞殺される首輪なんかを付けさせられておいて、笑えるわけねぇだろうが!

 

そう、完全にハズレを見るような顔で此方を見てくる隊長に、俺は握りしめた拳が震えるのを止められなかった。

つーか、だからさ!?俺に可愛げを求められても困るし!!

 

「大丈夫だよ?サトシ。逃げなきゃ絞殺されないんだから!ヘーキヘーキ」

「アハハ、ソダネ」

「そうだよなぁ。よく分かってんじゃねぇか。エーイチは賢いなぁ。よしよし」

 

 

 もう乾いた返事しか出来ない。

 だってアレだろ。逃げなきゃ絞殺されないかもしれないが、この先“逃げ出したい何か”があるって事だろ?そう言う事だろ!?

 つーか十年も炭鉱労働しなきゃならないかもしれない時点で……逃げる人間が出ても、確かにおかしくない。

 

「……同じ人間なのに、全然通じ合えないって」

 

 ツラ過ぎる。

 俺は後方に居るであろうテザー先輩の元に走って戻りたい衝動を抑え込むと、隣で「アハハ」と笑ってみせるエーイチにガクリと肩を落とした。

 

「先輩が一番話分かってくれるじゃん」

 

 あぁ。どうやら、俺ってホントにテザー先輩に懐いてしまってたらしい。

 

 

—–

——–

————

 

 

『え?オレの一番好きな主人公は誰かって?』

 

 

 いつだったか、金弥にそんな事を聞かれた事があった。

 多分、もう小学生だったような気がする。いや、八歳の頃だ。だって、そう聞かれて俺は迷わず、こう、答えたのだから。

 

『もちろんビットだろ!オレ、今までのアニメの主人公の中で、いっちばんビットが好きだ!』

 

 ちょうどその頃ビットが放送されている頃だったから、まぁ、そういう答えになるのは仕方がないと思う。しかし、どうやらその頃の俺の答えは、あながち間違いではなかったようで、俺は大人になった今でも、一番好きな主人公はビットだ。

 

『どんな所が好きか?そりゃあ、明るくて、優しい所だろ?あとは、何にでも挑戦するところもだし。あ!負けそうになっても諦めない所もイイよな!あと、たとえ敵にだって、助けてもらったら「ありがとう」って言うじゃん?あ、十八話のゾックとの闘いの回、覚えてるか?オレ、あれ好きなんだよなぁ。ビットって、誰とでもすぐ仲良くなれるし……かっこいいよなぁ』

 

 とまぁ、尋ねられたのをいいことに、俺はその後も延々と金弥にビットの好きな所を語って聞かせたような記憶がある。

 だって、金弥も物凄く真剣な顔で頷きながら聞いてくれるもんだからさ。喋ってるうちに止まらなくなって、アレも、コレも、って。ビットの好きな所が洪水みたいに出て来てしまったのだ。

 

 で、最後にはこうだ。

 

『ビットのこと、大好きだ!オレ、ビットになりたい!』

 

 大好き過ぎて、ビットになりたい、なんて本気で口にしていた。まぁ、子供の頃ってそういう所があるもんだ。

 好きなモノに、なりたい。家庭科の時間に習った。心理学で、同一視とかって言われていた気がする。

 

 そこまで語り尽くして、俺はふと思った。じゃあ、金弥は今まで見てきたキャラで、一体どのキャラが一番好きなんだろうって。だから、俺も金弥に聞いてみた。

 

『なぁ、キンは誰が一番好きなんだ?』

 

 そう、その時の事は、よく覚えている。なにせ、金弥の反応が、物凄く“静か”だったからだ。いつもは、驚くほどうるさくてやかましいのに、その時だけは急に静かになった。そして、言った。

 

——–オレも、ビット。

 

 その答えに、俺は金弥の様子が変だとは思いつつ『だよなぁっ!わかる!』と、嬉しさが全てを覆い隠していた。そう、金弥と分かり合えたのが、嬉しかったんだ。金弥はいつも俺の隣に居た。隣に居て、手を繋いで、どこに行くにも一緒。

 俺がやりたい事を、同じように同じ気持ちでやりたがってくれて。

 

 将来の夢も、一緒。

 

『じゃあ、声優のトックンやろ!待ってろ?ビットのセリフ書いたノート出すから!』

 

 そう、俺がキンに背を向け『声優トックンノート』を取り出す為に、机へと向かった。

 

——–オレ、サトシになりたい。

 

『ん?ちょっと待て!すぐ出すから!』

 

 聞き間違いだと思った。それに、その時のキンの声は酷く“静か”だったから。聞こえ辛かったのだ。

 

——–サトシぃ。

 

 もしかすると、俺は、敢えて聞こえないフリをしたのかもしれない。自分の事なのに、もうそんな事すら分からないのだ。

 

 

——–オレ。サトシと、いっこになりたい。

 

 

 その頃からだ。

 金弥は、ますます主人公みたいになった。

 

 俺の大好きな……ビットみたいな“主人公”に。

 

 

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