84:人生の主役

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 最近、俺の人生って流されてんなぁって思う。これって、俺の大好きな主人公達と比べると、なかなかあるまじき姿だ。

 もしかして、俺は俺の人生ですら主役になり切れていないのかもしれない。

 

 じゃあ、誰なんだよ。

 俺の人生の主役って。

 

 答えろよ、仲本聡志!

 

        〇

 

 

 

「お前ら、コレを首に付けろ」

 

 そう言って手渡されたのは、どう見ても“首輪”だった。

そして、隊長から言われた“お前ら”の“ら”が、指し示すように、その首輪を手渡されているのは、俺だけではない。

 

 俺の隣には、もう一人、“人間”が居た。

 

「了解しましたぁ」

 

 そこには、俺より大分と体の小さな、可愛い顔をした眼鏡の男が居た。クリッとした大きな目が、眼鏡の奥で光を反射している。俺同様、真っ黒な髪の毛は軽いクセっ毛のようで、そのクルリとしたうねりにすら、人懐っこさを感じた。

 

「ふーん、首輪かぁ」

 

 そして、そんな男の子の見た目以上に、視線を奪うモノがあった。彼の背中には、俺の三倍はあろうかというリュックが背負われており、その足元には更に、二つの大きな袋まで置かれている。

 

 一体、何をそんなに持って来たと言うのだろうか。

 

「おい、サトシ・ナカモト。テメェも早く受け取れ」

「あっ、はい」

 

 返事をしない俺に、隊長は俺の目の前まで、その首輪を押し付けてきた。

 あぁ、何度見てもソレはまごう事無き“首輪”である。どうやら、革素材で作られているようで、首の前方部分には、何かが刻まれた銀のプレートが埋め込まれていた。

 

「何か書いてある……」

 

 俺は、エルフの文字は読めないので何と書いてあるのか読めないが、多分……これは。

 

「ふーん、名前の彫刻付きかぁ。なかなかお洒落だね。これ」

「あ、うん」

 

 俺の隣に居た男の子が、チラと俺を横目に見上げながら言った。やはり、そこには俺の名前が掘られているらしい。

 コイツ、人間なのにエルフの文字が読めるのか?

 

「ふーん。キミ。サトシ……ナカモトって言うんだ。珍しいね。姓があるのに、兵役に就いてるなんて。もしかして親から売られた?」

「?」

 

 可愛らしい見た目に反し口にされた言葉は、なかなかに強い言葉だった。親に売られた?どういう事だ。

 

「ごめんごめん。辛い事は思い出さなくていいから。僕も似たようなモノだし」

「あ、いや」

「これからよろしくね。サトシ」

 

 そう、ニコリと人好きのする笑顔と共に口にされたその声は、トゲなど一切なく円みを帯びていた。朗らか、とでも言えばいいのだろうか。

 ただ、穏やかで角のない声ではあるが、芯にはハッキリとした意思の強さを思わせてくる。そう、一瞬にして「コイツの声、イイな」と思わせてくる魅力が、その声にはあった。

 

「……どいつもコイツも良い声しやがって。キンかよ。そう、仲本聡志は拳を握りしめた」

 

 金弥同様、唯一無二感の漂うその声に、俺は出会って間もないにも関わらず、嫉妬せずにはいられなかった。まったく、俺はどこまで負けず嫌いなんだろうか。

 

「えっと、よろし」

「おい、エーイチ。人間の仲間が珍しいからって、さっそくベラベラ喋んな。説明が進まねぇだろうが」

「ハーイ。すみませーん」

 

 エーイチ。

 そう呼ばれた男の子は、うちの隊長の隣に居た、もう一人の隊長。多分、西部四番隊の隊長だ。隊長にたしなめられながらも、その人懐っこい明るさを消す事はなかった。

 

「すまんな。コイツ、口ばっか動くヤツでよ」

「かわいい気があっていいじゃねぇか。ウチのなんて見ろよ。可愛げの欠片もありゃしねぇ」

 

 そう言って、うちの隊長が腕を組みながら視線を向ける先には、もちろん“俺”が居た。悪かったな。可愛げの欠片もなくて。こちとら、ただの二十五歳の成人男性なんだよ。可愛くてたまるか。

 

「それに喋ってくれてた方が、今回の任務にゃ都合が良い」

「それは言えてんな」

 

 そう、よく分からない事を話す二人の隊長を前に、俺はチラと隣に立つエーイチを見下ろした。すると、エーイチも俺の方を見上げていたようで、バチリと目が合う。合った瞬間に、エーイチは、ニコと、可愛らしい笑みをその丸みのある顔に浮かべた。

 

 一体何歳くらいなのだろう。見た目からすると、十代後半といったところだろうか。

 

「……ただ、キンとはまた違った人懐っこさだな。そう、仲本聡志は苦笑した」

 

 金弥も相当人懐っこい。けれど、このエーイチと言う少年と違い、金弥のそこには“媚び”がない。

 

 対して、エーイチは、その声や表情など、自身の表面を“媚び”でコーティングしたような印象だ。だからこそ、エーイチは初対面である筈のウチの隊長にも「可愛げがあっていいじゃねぇか」と、相手に言わせしめる。

 きっと末っ子だろう。立ち回りが上手そうだ。

 

「キンは……結構、冷めたトコあったもんな」

 

 良くも悪くも、金弥はドライだった。自身の興味の持つモノに対しては、大いなる行動力と観察力を見せるが、それ以外に対しては、来るもの拒まず、去る者追わずだった。

 

 

——–なぁ、キン。お前、最近あの女の子と喋ってねぇけど、どうした?前は稽古中もずっと一緒に居たのに。喧嘩でもしたのか?

——–へ?そう?別に喧嘩なんてしてないけど。……そもそも、そんなに一緒に居たっけ?

 

 

 そういうスタンス。

 心の底から「そうだったかなぁ?」と首を傾げる金弥に、俺は、背筋が冷えて仕方が無かった。結局、向こうから必死に距離を詰めようとしてくれている時には、“拒否”はしないが、相手からの、その努力が絶えると、一気に金弥の中での存在感が希薄になる。

 

 まるで、最初からそんな相手など居なかったかのように。

 

「……キンのヤツ。結局の所、あんま、他人に興味が無かったのかもしれねぇな」

 

 そうなると、俺も金弥にとって、そんな風に、「あ、居たっけ?」と記憶の片隅に、いや、片隅どころか彼方へと消し去られる日が来るかもしれない。

 俺はたまたま金弥の幼馴染で、昔から一緒に居るから“忘れにくい”だけで……。

 

「クソ。これじゃあ、俺が金弥の人生の背景じゃねぇか。そう、仲本聡志は苦々しい気持ちになると、それを振り払うように、自身の手にある首輪に目を落とした」