「いやいや、ナニこの選択肢」
マティックの提案に乗りますか?
▶乗ってやるわ!
乗るしかない……。
乗る以外に方法は無さそうね。
「意味分かんな過ぎでしょ!コレなら選択肢要らないし!」
栞は画面に映る、マティックという新キャラに、深く眉を顰めた。
空色の髪の毛、泣き黒子。そして、絶やす事なく浮かべられた笑みと、崩れる事のない敬語は、最早あまりにも絵に描いたような「腹黒キャラ」過ぎて、むしろ清々しさすら感じた。
「しかも、声優はあの岩田旭さんだからねぇ。キャラデザといい、これがちょい役な訳ないし。もしかしてマティックも攻略対象だったり……」
栞は画面に映る、これまた美しい見目のキャラに目を細めた。しかし、すぐにその肩を落とすと、首を横に振った。
「しないわよね。さすがに。セブンスナイトの攻略キャラは絶対に七人って決まってるし」
栞は「はー、ザンネン!」とベッドに横になると、選択肢をジッと見つめた。
「まぁでも、なんか意味あるといけないから……まぁ、コッチも含みを持たせて、三つ目のヤツにしとこ」
マティックの提案に乗りますか?
乗ってやるわ!
乗るしかない……!
▶乗る以外方法は無さそうね。
———-
【マティック】
シオリといいましたか?貴方は異世界から此方に流れ着いて、人間達に利用されるだけの愚かな異界人、という訳ではなさそうですね。自身の立場をよく分かっている。賢明な者は、エルフでも人でも、そして異界人でも嫌いじゃないですよ?時間の短縮になりますからね。
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「え、あ。なんか……良かったっぽい?」
栞はどれを選んでも結果は変わらないと思っていた選択肢に、地味に意味があった事を、マティックの返答で思い知った。
「危な!?同じ結果でも、ニュアンスでルートが変わる可能性があるって事?こわっ!どこまで作り込む気よ!?」
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【マティック】
よく覚えておきなさい。そのネックレスを受け取った以上、もう貴方はイーサ王の所有物。それに、王は貴方の事を、いたく気に入っておいでです。あぁ、見えて。イーサ王は自身のモノに対する執着心だけは子供のように激しい。逃げ出そうなんて考えない事です。
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「でもまぁ、それって恋じゃないんですけどねー」
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【マティック】
それに、もうこちらも手を打って貴方が此方側に寝返った事は、リーガラント側にも情報を流してますので。
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「こっわ!じゃあ、もう完全に私ってリーガラント側では裏切り者扱いってこと!?」
第二章に入った途端、とんとん拍子に進む展開に、栞は目を剥いた。こうなったからには、これからの栞の活動拠点は、完全にクリプラントになる。まぁ、イーサルートに入った時点で、それはもう理解しているので、構わないのだが。
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【マティック】
異界人の聖女よ。これから、貴方には、“一見”選択肢のようなモノは与えられるでしょう。ただ、選択肢があるからといって、貴方に選択権があるとは限りませんよ。
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「なになに。岩田さんの声で、こういうこと言われると、妙に意味深過ぎて怖いんですけど!」
栞は寝転んでいた体を起こすと、背筋を正して画面に……否、マティックへと向き直った。マティックは暗に言っているのだ。
選択を間違うな、と。
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【マティック】
イーサ王は貴方を寝所で飼うなどとおっしゃっていたが、貴方はそれを望んでおいでで?
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どう答える?
▶ええ、私はイーサの側に居てあげたいから。
いいえ、私はイーサの力になりたいの。
マティック。今、私にできる事を教えて。
「……うわ、急に完全にルート分岐必須のヤツくるじゃない。しかも完全に三つ目だけ系統違うし」
栞は自身の人差し指を眉間に突き立てると、ともかく思考した。このルート。今のところ完全に、栞には心から頼れる人物が居ない。
それまで過ごして来た人間の国、リーガラントでは裏切り者扱い。クリプラントでも人間という事で差別の対象。
そんな中、唯一頼れると思っていたイーサは、主人公をただのぬいぐるみ扱いしている。執着はされているが、それは玩具と同じレベルときたものだ。
「だとすると。まずは、恋愛云々以前に、私の存在意義をこのクリプラントで確立しないと。じゃないと、イーサと同じ土俵には上がれない。そして、それを一番手っ取り早く出来るのは……」
どう答える?
いいわ、私はイーサの側に居てあげたいから。
いいえ、私はイーサの力になりたいの。
▶マティック。今、私にできる事を教えて。
一つだけ明らかに違う選択肢。これがミスリードの可能性も無くはない。ただ、今はイーサを恋愛対象として見ている状況ではなさそうだ。
なので、上二つは却下。
きっと栞が同じ立場なら、自身の命の在処を、ぬいぐるみ扱いしてくるイーサになど、託せよう筈もない。まずは、このクリプラントで、一人でも生きて行く事を考えなければ。
それこそ恋愛ではない。
【寵愛ルート】まっしぐらだ。
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【マティック】
へぇ。ここで、そう答える。リーガラント同様、クリプラントでも貴方を利用するだけして、都合の良い手駒にするとは考えないのですか?
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「にしても、ホント。岩田さんの声……めっちゃ合ってるわねぇ。このキャラ、先に声優から決めたんじゃない?」
栞は、画面で胡散臭い笑みを浮かべながらツラツラと喋るマティックの声を「うんうん」と頷きながら聞いた。
さて、この回答がこれからのルートにどう影響するのかは分からないが、ともかく栞はイーサと恋愛がしたかった。
自身を求めて、愛を募らせ、男として執着させ、あまつさえ嫉妬なんかさせたい。
「だって、それが恋愛シミュレーションの醍醐味でしょ?」
その通りだ。
栞は自分で投げかけた問いに、自分で深く頷いた。
すると、どうだ。いつの間にか画面の中のマティックが大いに笑っている。笑って、そして言った。
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【マティック】
面白い!貴方がイーサ王にすり寄るだけの寄生虫ではない事は認めてさしあげます。では、一つ。そんな貴方に、命を懸けた提案をしましょう。シオリ、「炭鉱のカナリア」におなりなさい。
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「……炭鉱の、カナリア?」
炭鉱のカナリア。
栞は聞き慣れぬその単語に首を傾げると、岩田旭の声が栞の部屋に楽し気に響き渡った。
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【マティック】
炭鉱のカナリアとして、最後まで生き抜き、多くのエルフを救う者になるのか。それとも、途中で死して、捨て駒として人生を終えるか。全ての選択肢は、貴方次第です。
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炭鉱のカナリアになりますか?
▶はい
いいえ
意味の分からない問いに掲げられた、その簡潔な二者択一を前に栞は思った。
「ゲームって、人生ねぇ」
どちらを選ぶか、決めるのはいつも自分だ。