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俺は、人生の選択肢を選び間違えたのかもしれない。
ナンス鉱山に入りますか?
行こう!
▶ちょっと待って!
その後、俺はあまりの衝撃にしばらく茫然とするしかなかった。その後も様々な説明が続いていたようだが、欠片も頭に入って来ない。俺の耳に木霊するのは、ただ一つ。
「前回は、採掘まで十年もかかってる?しかも、発見出来るまで帰れない……?」
待て待て待て!
長命なエルフならともかく、まさか、そんな。
「おい、サトシ・ナカモト」
「……ありえねぇ。こんなのありえねぇ」
「おい、サトシ・ナ」
「ありえねぇって!」
いつの間にか隊長の説明も終わり、ザワつく周囲に、俺は話しかけてきたテザー先輩に向かって叫んだ。そんな俺に、先輩は眉を顰める。
「なにがだ?」
「『なにがだ?』じゃないですよ!?テザー先輩……、あんなの嘘ですよね?」
そう、先輩の制服を掴みながら、俺は祈るように問いかけた。すると、先輩はその切れ長の目を大きく見開くと、どこか感心したように頷いた。
「お前。俺の声真似が上手いじゃないか。とうとう懐き過ぎて似てきたのか……?」
「あぁぁっ!もう、この人バカだぁっ!」
「はぁ!?お前さぁ、あんま調子に乗んなァ?」
クソ!地味に声真似の練習をしていたせいで、ご本人様から「似ている」とのお墨付きをもらってしまった。嬉しいが、今はそれどころではない!
「さっきの!隊長が言ってた!採掘するまで帰れないって!前回は採掘まで十年かかったって!あんなの、ウソですよね!?」
「全て事実だ」
「うおぉぉっ!」
改めてそんなの聞きたくなかった!
俺は余りの衝撃に意識が飛びそうになるのを必死で堪えた。いや、出来れば完全に意識を飛ばしてしまえれば楽だったかもしれない。
「あぁぁ、ありえねぇ。命がけって。遺書って、こういう事だったのかよ」
「……」
何か危険な事があって命の危機に見舞われる事が多いから“遺書”を書かせるのではなく、単純に「いつまで掛かるか分からないから」という理由での“遺書”だったとは!
完全に誤算である。
「そう落ち込むな。大いなるマナの実りが出れば、すぐに帰れる。上手くいけば、明日には帰れるかもしれないぞ」
「そんなの気休めだ……。もし、十年経ってもマナが採掘出来なかったらどうすりゃいいんだ」
「それは、考えても仕方がないだろう。それに、条件は皆同じだ」
「……同じなもんかよ。長命なエルフの感覚と一緒にすんな。俺みたいな人間と、先輩達の一年じゃ、全然感覚が違うに決まってる!」
「……そうかもしれないが」
俺の言葉に、先輩が気まずそうに俺から目を逸らす。先輩にこんな事を言っても仕方がないのは分かっている。分かっていても、止められないのだ。
「ただ、先の見えない不安は、皆変わらない」
「……そんなの。確かに、そうかもしれないですけど」
それでも俺は納得がいかない。
感覚的な話なので、これは擦り合わせる事も体験する事も出来ないのだろうが、きっと“一日”に対する体感も、寿命に千年以上の差のある種族同士では、絶対に違うに決まっている。
だから、ここで俺と同じ感覚を共有できるヤツなんて、きっと一人も居ないに違いないのだ。
「もしかしたら、俺が爺さんになるまで、採掘に時間が掛かる可能性もあるって事だろ?」
「いや、それはない」
「なんでだ?だって、つまりそういう事ですよね?マナが出るまで帰れないって事は、マナが出なければ、二十年経とうが三十年経とうが帰れないって事じゃないですか」
「……マナの発見に関しては、確かにそのランダム性故、運の問題も大きい。しかし、一旦、発見までの時間が長引くと、別の問題が浮上するんだ」
「それって、」
——–何ですか?
そう、俺が先輩に問いかけようとした時だ。
「サトシ!サトシ・ナカモト!どこに居る!コッチに来い!」
隊列の前方で、俺の名が呼ばれた。
「……」
「呼ばれているぞ」
テザー先輩の静かな声に、俺はコクリと頷くと背中のリュックを背負い直した。もう、今は何を言われても、受け入れられそうにない。
きっと、俺の好きな主人公達なら、もっと前向きに捉えられた筈だ。他人に当たり散らかして、癇癪を起したりなんかしないだろう。
皆なら、ビットなら、きっと……。でも、俺は“主人公”じゃない。だから、所詮こんなモンだ。
「もし、ここにキンが一緒に居たら。居て、くれたら……。仲本聡志は、そんな、どうしようもない事を考えてしまう自分にウンザリした」
此処に、この世界に、“金弥”は居ない。
俺は、一人ぼっちだ。
「サトシ・ナカモト」
「……なんですか、テザー先輩」
隊長の元へと向かおうとする俺に、テザー先輩の声が、俺の意識を引っ張り上げた。真剣な声だ。語尾の色気が、その真剣な調子に溶け込み、妙に深みを感じさせる。先輩のこんな声、初めて聞く。良い声だ。
「今はまだ、十年後、二十年後の事など考えるな」
「……そうですね」
なんだ、そんな事か。と俺は一瞬ガッカリした。そういうフォローは、今言われても全く頭に入ってこない。そう、俺が思った時だ。
「毎日、その日を生きる事だけを考えろ。何か不調があれば、すぐに俺でも誰でも良い。すぐに周囲の者に知らせろ」
「……テザー先輩?」
「知らせてくれれば、俺が全力で助ける」
「……」
真剣も真剣。先輩のその声は真剣過ぎて、少し逼迫していた。そのあまりにもいつもとは違う声質に、俺はふてくされかけていた気持ちを正すと、短く「はい」とだけ頷いた。
——–サトシ、絶対に死ぬなよ。
——–頼むから、長生きしてくれ。
イーサとテザー先輩の言葉が頭を過る。俺は、きっと、まだこの任務について何も理解していないに違いない。
そして、二人の言葉に重なるように聞こえてくるのは、昨晩の“あの男”の言葉だ。
——–イーサ王子に“王”になって欲しければ、今回の任務。まずは生き残ってみせなさい。
「……わかってるよ。マティック」
そう、何であれ俺はこんな所で死ぬわけにはいかない。自分の死に興味があるのは事実だ。けれど、今の俺には“自分の死”よりも、もっともっと興味のある事がある。
「諦めろ、仲本聡志。ここに、山吹金弥は居ない。俺は、一人だ」
——–次は、自分一人でだって掴めるようにしないと。そう、仲本聡志は決意した。
飯塚さんに金言を貰った時の決意を、俺は改めて胸に刻んだ。いつまでも、金弥に手を引いて走って貰わなければならない自分は、もう捨てろ。
……金弥は、ここには居ないんだ。
「イーサ……待ってろよ」
——–サトシ。あの方の王たる姿を見たければ、貴方がイーサ王子を、押しも押されぬこのクリプラントの王にしてみせなさい。このままでは、貴方はイーサ王子の足手まといにしかなりませんよ。
「俺は、イーサが王になる姿を見届けなきゃならない。イーサの演説を聞いて……どうして、俺じゃダメだったのかを、」
俺は、知りたい。
「おい!人間!早く来い!タラタラしてっと、死んじまうぞ!」
「はい!」
隊長の呼び声に、俺はリュックを揺らしながら走ると、坑道の中特有の土っぽい匂いを、鼻から大きく吸い込んだ。